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日中無常偈

提供: 新纂浄土宗大辞典

にっちゅうむじょうげ/日中無常偈

往生礼讃』の無常偈の一つ。日中礼讃偈を終えるにあたり、この世のあらゆるものが無常であることを説く偈文。「人生不精進にんしょうふしょうじん 喩若樹無根ゆにゃくじゅむこん 採華置日中さいけちにっちゅう 能得幾時鮮のうとくきじせん 人命亦如是にんみょうやくにょぜ 無常須臾むじょうしゅゆけん 諸行道衆かんしょぎょうどうしゅう 勤修乃至ごんじゅないししん」(浄全四・三六〇下)。この偈文の典拠は『尸迦羅越六万礼経』の「賢者不精進 譬如樹無根…採華著日中 能有幾時鮮」(正蔵一・二五一下)であると考えられ、後四句は善導の趣意による。大意は、「この世において精進を怠れば、それはまるで根のない樹木のようなものである。花を摘んで日光の下に置いておけば、その鮮やかさはどれほど保つことができるだろうか。人の命もまた同じようであり、この世の無常はほんの一瞬のことである。仏道を行ずる者たちよ、精進を怠らず完全なる覚りの境地に至りなさい」である。日中礼讃偈の最後に維那が座したまま「諸衆等聴説日中無常偈」と唱え、長跪しながらこの無常偈を独唱し、接足作礼する。


【参照項目】➡日中礼讃偈


【執筆者:石上壽應】