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中島真孝

提供: 新纂浄土宗大辞典

なかじましんこう/中島真孝

明治二二年(一八八九)一月七日—昭和四九年(一九七四)三月三〇日。無礙光院報蓮社実誉順阿龍水。宗門功労者。現在の埼玉県春日部市一ノ割の農家に生まれ、七歳で同県杉戸町椿の倉常寺中島霊真に師事、得度。芝中学校卒業時に僧籍登録し荒木孝三から中島真孝改名、明治四三年(一九一〇)伝宗伝戒。東京師範学校を卒業し中学校教諭となる。大正一一年(一九二二)渡米、同年ワシントン州立大学入学、同一三年コロンビア大学入学、同一五年卒業後、英国に寄って帰国。渡辺海旭に師事。大正大学教授、芝中学講師。昭和七年(一九三二)梅窓院住職、同一七年芝中学校校長に就任。全国中学校協会常任理事など教育関係の要職を歴任し、同三六年ハワイ浄土宗教団総長就任、同四六年法然上人七五〇年御忌唱導師拝命。同年宗門功労者表彰、宗内高齢者寿賀記念式で表彰される。同四九年遷化住持した梅窓院には全国の浄土宗寺院師弟が随身した。その師弟らの会は梅真会として現在も続いている。


【参考】長青山梅窓院編『麦村翁の思い出』(長青山梅窓院、一九九〇)


【執筆者:村田洋一】