浄土宗全書を検索する
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巻_頁段行 | 本文 |
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J20_0545A01: | 歸東の後群疑論探要記十四卷を著せり。但彼は後三 |
J20_0545A02: | 祖の意に乖背したることありて。離弟せられたりと傳 |
J20_0545A03: | へらる。其他時宗一向派の開祖俊性(號一向)も。曾 |
J20_0545A04: | て三祖門下の人たりしと云ふ。 |
J20_0545A05: | |
J20_0545A06: | 第二章 白旗正統の消長 |
J20_0545A07: | |
J20_0545A08: | 一 鎌倉と箕田 |
J20_0545A09: | 三祖門下多士濟濟たりしが。一宗の正統血脉を稟 |
J20_0545A10: | 傳し。鎌倉箕田の師跡を相續せるは。良曉及其法孫 |
J20_0545A11: | なり。三祖が何故に性心。尊觀。禮阿。慈心。道光 |
J20_0545A12: | 等の諸高弟を閣き。比較的若輩なる良曉を選びて。 |
J20_0545A13: | 附屬傳法の人とせられしかは疑問なり。或は云ふ良 |
J20_0545A14: | 曉は三祖の肉弟なり。血肉の關係上愛顧諸弟に異な |
J20_0545A15: | りしかば。慈心は前に附法せられ。傳具までも授與 |
J20_0545A16: | せられたるに拘らず。之を返却して良曉に與へられ |
J20_0545A17: | んことを請へりと。然れども法門の授受には決してさ |
J20_0545B18: | る私情偏頗を許すべきに非ず。三祖の賢明なる又決 |
J20_0545B19: | してかかる處置に出づべき人に非ず。況んや良曉と |
J20_0545B20: | 三祖とは年齡に五十三の差違あり。圓尊いかに長壽 |
J20_0545B21: | にして勢力家なりと雖も。三祖良曉兩人の父たること |
J20_0545B22: | 能はざるべし。故に骨肉關係が附法の原因なりしと |
J20_0545B23: | は信ずべからず。恐らくは良曉は年齡受學に於て諸 |
J20_0545B24: | 高弟には遠く及ばざりしも。其爲人溫順にして師命 |
J20_0545B25: | に違はず。其識見高邁と云ふ程に非ずと雖も。思想 |
J20_0545B26: | 穩健にして師説を祖述するには最も適任者なりしこと |
J20_0545B27: | が。其主なる原因たりしなるべし。 |
J20_0545B28: | 良曉字は寂慧。智慧光と號す。又白旗上人。坂下 |
J20_0545B29: | 上人の稱あり。建長三年某月日誕生。文永五年十八 |
J20_0545B30: | 歳の秋比叡山に登り。東塔南谷極樂房仙曉法印に師 |
J20_0545B31: | 事し。翌年登壇受戒し。天台並に諸宗の敎義を研覈 |
J20_0545B32: | す。これより以前彼が三祖といかなる關係にありし |
J20_0545B33: | かは不明なるも。其名に良字を冠し。また文永七年 |
J20_0545B34: | 二十歳にして。三祖座下に招還されたりとの事實に |