浄土宗全書を検索する
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巻_頁段行 | 本文 |
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J20_0484A01: | なびくにより。往生の近きかを問へるに對し。『あは |
J20_0484A02: | れなるかなや。わが往生は一切衆生のためなり。念 |
J20_0484A03: | 佛の信をとらしめんがために。瑞相を現ずるなり』 |
J20_0484A04: | と答へられき。二十三日。勢觀房の請により。一枚 |
J20_0484A05: | 起請文を書き與へらる。二十五日正午。高聲念佛の |
J20_0484A06: | 後。安祥として入寂せらる。世壽八十歳なり。禪房 |
J20_0484A07: | 東岸の上に窆葬す。 |
J20_0484A08: | 滅後十六年を經て。嘉祿三年六月に至り。宗祖の |
J20_0484A09: | 廟所並遺弟の上に一大災厄は起れり。山門三塔大衆 |
J20_0484A10: | は大講堂に集合し。念佛の禁止運動を決議し。先づ |
J20_0484A11: | 念佛の本典たる選擇集の版木を押收して之を燒毀 |
J20_0484A12: | し。念佛の根本祖師たる宗祖の廟所を發堀して遺骸 |
J20_0484A13: | に毀辱を加へ。念佛の巨魁三人を遠國に配流せんこと |
J20_0484A14: | を訴訟す。第一第三は實行することを得たるも。宗祖 |
J20_0484A15: | の遺骸は。法蓮房。覺阿彌陀佛等。妙香院僧正と謀 |
J20_0484A16: | 議し。廿三日夜中窃に發堀して之を嵯峨に遷し。廿 |
J20_0484A17: | 八日の夜更に廣隆寺圓空の處に隱慝したるを以て。 |
J20_0484B18: | 山徒の毀辱を蒙ることなく。翌年正月廿五日。粟生野 |
J20_0484B19: | に荼毘し。貞永二年正月廿五日。正信房湛空遺骨を |
J20_0484B20: | 嵯峨二尊院に收め雁塔を建立す。 |
J20_0484B21: | 宗祖滅後。念佛を停止せられ。淨土宗徒の迫害せ |
J20_0484B22: | られしことは(一)建保五年三月十八日。(二)同七年二月。 |
J20_0484B23: | (三)天福二年六月晦日。(四)延應二年五月十四日。(五)正 |
J20_0484B24: | 治二年五月十二日等一再に留らず。然れども嘉祿三 |
J20_0484B25: | 年の如く強烈ならざりき。此時に選擇集の建曆本は |
J20_0484B26: | 破却せられ。隆寬律師。成覺房幸西。空阿彌陀佛等 |
J20_0484B27: | の宗祖門下は。陸奧(後對島)壹岐薩摩等に夫夫配流 |
J20_0484B28: | に處せられ。其他の者も洛外に放逐せられて。宗門 |
J20_0484B29: | は非常なる打擊を蒙りしが。迫害は却て活氣を增す |
J20_0484B30: | 所以にして。決して信仰を撲滅すること能はざることは。 |
J20_0484B31: | 宗門其後の運動に由りても立證せられたり。 |
J20_0484B32: | 宗祖の遺誡。跡を一廟に占むるの不可なりしにも |
J20_0484B33: | 拘らず。遺弟末徒の知恩報德の情禁じがたく。大谷 |
J20_0484B34: | 廟所を始として。加茂河原屋。白河禪房。粟生野等 |