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J3040 筑後善導寺誌要 善導寺編 画像

続浄の割書は、青字で小さく表示。

巻_頁段行 本文
J20_0446A01: 居ること十一年弘安九年九月十八日鳳城を出で還り
J20_0446A02: て鎌倉悟眞寺に住す十年六月痢疾あり七月五日頭北
J20_0446A03: 面西右脇にして臥し異香室内に熏ず同六日西に向て
J20_0446A04: 端坐し色糸を取り尊顏を瞻仰し手に念珠を轉じ稱名
J20_0446A05: 數百遍にして遂に入寂す身體柔軟にして面容笑を含
J20_0446A06: む時に春秋八十有九夏臘七十四弘安十年七月六日な
J20_0446A07: り弟子寂慧性眞尊觀道光然空慈心理眞道忠顯忠在阿
J20_0446A08: 等あり著はす所論註記五卷安樂集記二卷九帖書記二
J20_0446A09: 十三卷宗要鈔五卷要集鈔八卷選擇集鈔五卷授手印領
J20_0446A10: 解鈔一卷同决答二卷三心私記一卷等あり永仁元年七
J20_0446A11: 月伏見天皇勅して記主禪師と追諡す
J20_0446A12: 第三世廣濟和尚道光上人 字は了惠望西樓と號す
J20_0446A13: 宍戸常重の子相州鎌倉の人なり寬元元年を以て生る
J20_0446A14: 建長五年十一歳にして叡峰に登り尊惠を禮して剃染
J20_0446A15: し權實大小の諸部を學し常に法華を誦す年四十に及
J20_0446A16: んで記主禪師に師事して淨土の要義に通じ殊に圓頓
J20_0446A17: の妙戒を究む甞て京師三條に於て悟眞寺を創め一派
J20_0446B18: を倡ふ人呼んで三條派と云ふ道名日に高く德聲朝に
J20_0446B19: 聞ゆ伏見天皇延て闕中に宗敎を問ひ遂に圓頓大戒を
J20_0446B20: 受け給ふ弘安七年春開山正宗國師の傳を草す二月十
J20_0446B21: 六日の夜夢に開山國師記主禪師と膝を並べて往生の
J20_0446B22: 法門を談ず師其の座に在り心中に思念すらく開山國
J20_0446B23: 師の影像實體に違ふ所なしと時に記主禪師師を指し
J20_0446B24: て曰はく道心あり此の傳を傳ふべき者なりと國師之
J20_0446B25: に反して曰はく此の僧を見るに道心なくして傳法あ
J20_0446B26: り彼れ悉く我が事を知ると雖も我れ未だ彼の僧を知
J20_0446B27: らず今始めて之を見る云云と師無道心の語を聞きて
J20_0446B28: 以爲へらく告ぐる所纎毫も違はず國師已に他心智を
J20_0446B29: 得給ふかと自ら心中に懺悔を懷くと見て乃ち覺めき
J20_0446B30: と云ふ以て其の記傳の謬らざるを見るべし一日徒を
J20_0446B31: 召し告げて曰はく郤後五日我れ將に長逝せんとすと
J20_0446B32: 訣別遺誨懇到を極む期至りて沐浴更衣し念佛して化
J20_0446B33: す時に元德二年三月廿九日壽八十八平生述作を事と
J20_0446B34: し無量壽經鈔七卷同大意觀經疏料簡鈔論註略鈔二卷

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