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J3030 黒谷光明寺誌要 黒谷編 画像

続浄の割書は、青字で小さく表示。

巻_頁段行 本文
J20_0382A01: 淨土一宗の大本山なり。
J20_0382A02:
J20_0382A03: 第二 歷代略譜
J20_0382A04: ○開祖大師法然房源空上人
J20_0382A05: 開祖大師 父は美作國久米の押領使漆時國。長承二
J20_0382A06: 年四月七日誕生す。幼名を勢至丸といふ。九歳にし
J20_0382A07: て父を喪ひ其遺命により出家の志を立て同國菩提寺
J20_0382A08: 觀覺に事ふ。十五歳叡岳に登り持寶房源光に隨ひ。
J20_0382A09: 尋いて皇圓阿闍梨の門に入り剃染受戒し大に天台の
J20_0382A10: 敎觀を究む。久安六年十八歳にして黑谷に隱捿し叡
J20_0382A11: 空上人に師事し法然房源空と稱す。叡空上人は大原
J20_0382A12: 良忍上人の徒にして圓戒眞言に精通せり。大師此に
J20_0382A13: 於て深く二敎を修め又廣く經論章疏を涉獵す。二十
J20_0382A14: 四歳出てて南都を歷遊し諸宗の秘賾を探る。時人嘆
J20_0382A15: して智惠第一の法然房といふ。然れとも尚自ら三學
J20_0382A16: の器に非さるを歎き黑谷報恩藏に入りて凡夫解脱の
J20_0382A17: 要路を探る。一切經を披覽すること五返。終に善導大
J20_0382B18: 師の觀經散善義を讀み一心專念の文に至り廓然とし
J20_0382B19: て彌陀本願の妙旨を悟る。時に年四十三 高倉天皇
J20_0382B20: 承安五年三月なり。是に於て山を下り居を洛東吉
J20_0382B21: 水に卜め淨土の宗を開く。天下靡然として其化を仰
J20_0382B22: き道俗翕然として其門に集まる。是より先き本師叡
J20_0382B23: 空上人深く大師の德に服し大乘圓頓の戒統及ひ黑
J20_0382B24: 谷白川の坊舍聖敎等悉く之を付囑す。戒德遂に天聽
J20_0382B25: に達し 後白河 高倉 後鳥羽の三帝を始め后宮公
J20_0382B26: 卿大師を請して受戒念佛せさるなし。關白藤原兼實
J20_0382B27: 公尤も大師に歸し建久九年其請により選擇本願念佛
J20_0382B28: 集を著はす。大師念佛薰習功つもり或は靈夢を感見
J20_0382B29: し或は三昧を發得し或は靈相を顯現す。時人生身佛
J20_0382B30: の想をなし勢至菩薩の化現と稱す。斯くて敎運益隆
J20_0382B31: んなるに從ひ贋徒輩出して餘敎を誹り放逸を行ふ者
J20_0382B32: ありしかは南北の諸宗之を嫉むもの漸く多きを加
J20_0382B33: ふ。元久元年叡山の衆徒大師の念佛を停止せんとす。
J20_0382B34: 大師之を聞き門下を誡めて七箇條起請を製し又誓書

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