浄土宗全書を検索する
AND検索:複数の検索語をスペースで区切って入力すると、前後2行中にそれらを全て含む箇所を検索します。
巻_頁段行 | 本文 |
---|---|
J20_0381A01: | 盛修せしむ。 |
J20_0381A02: | 元和寬永の頃了的第廿七世潮呑第廿八世の二上人相紹きて朝 |
J20_0381A03: | 野の歸崇を博す。元和四年淺野長晟侯は其室正淸院 |
J20_0381A04: | 殿照公の姬君の靈屋を堂側に營み寺領百石を附し。又雲 |
J20_0381A05: | 光院尼公は其住宅を寄せて講堂大方丈を造り。寬永三 |
J20_0381A06: | 年豐永氏三重の塔を山頂に建つ。其他洪鐘を鑄鐘樓 |
J20_0381A07: | を築き門廡を改むる等諸堂完備し莊嚴漸く具はる。 |
J20_0381A08: | 寬文二年二月當山靈寶を 後西院天皇 後水尾法皇 |
J20_0381A09: | 及ひ東福門院の叡覽に供す。同十年吉田寺觀音の堂 |
J20_0381A10: | 宇を阿彌陀堂の南側に築く。延寶年中錢屋良喜一切 |
J20_0381A11: | 經を納め。元祿二年稱悅法師經藏を興す。又同年山 |
J20_0381A12: | 北の荒地を得て領域を擴む。享保十三年松平伊賀守 |
J20_0381A13: | 父祖追孝の爲めに毎年米百五十石を寄せ永代違變な |
J20_0381A14: | きを誓ふ。 |
J20_0381A15: | 越えて安永五年十二月御影堂方丈庫裡等再ひ回祿に |
J20_0381A16: | 罹りしかば。神譽覺譽逾譽禀譽淨譽等歷代の法主勸 |
J20_0381A17: | 財巡化幾多の歳月を閲して影堂方丈書院庫裡等悉く |
J20_0381B18: | 舊に復す。現今の堂舍即ち是なり。其後文政年中明 |
J20_0381B19: | 譽顯海上人の時堂前の林藪を開拓し三門再建の土木 |
J20_0381B20: | を起す。寥譽定圓上人第五十六世の代萬延元年三門落成 |
J20_0381B21: | し又高麗門を新築す。是に於て諸堂全く備はり輪奐 |
J20_0381B22: | の美洛東の偉觀を呈す。文久二年九月幕府の命によ |
J20_0381B23: | り一山を擧けて京都守護職松平容保侯の宿陣に供 |
J20_0381B24: | す。是に依て明治維新の際薩藩兵士の包圍を受け砲 |
J20_0381B25: | 丸御影堂前に落下せしも幸にして事なきを得たり。 |
J20_0381B26: | 又王政復古して寺領除地悉く公收せらると雖も定圓 |
J20_0381B27: | 上人門末支院を督勵して能く變に應し益益寺基を固 |
J20_0381B28: | くす。明治三十一年十一月 今上天皇陛下儲位にま |
J20_0381B29: | しませし時當山に行啓あらせられ。翌日優渥なる御 |
J20_0381B30: | 詞并に金子若干を賜ふ。現今境内の總面積四萬四千 |
J20_0381B31: | 百六十坪餘。塔頭二十宇。末寺子院併せて三百三十 |
J20_0381B32: | 餘箇寺あり。大師基を開きたまひしより玆に七百餘 |
J20_0381B33: | 年。法統連綿として六十代。堂塔高く東山に聳え。 |
J20_0381B34: | 門葉遠く諸國に榮ゆ。寔に是れ念佛弘通の根元地。 |