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J2940 瀧山大善寺志 摂門 画像

続浄の割書は、青字で小さく表示。

巻_頁段行 本文
J20_0150A01: よくよく念佛すへししからずは此際にいたりて大に
J20_0150A02: くゆることあらむと初更ばかりに其苦痛漸く止みぬ
J20_0150A03: すなはち頭北面西にふして彼書寫せる經をとり安然
J20_0150A04: として衆とともに念佛し扨侍者に命じて障子をひら
J20_0150A05: かしめ月の明らかなるを見ていわく快いかな我今此
J20_0150A06: 月とともに西にかへらむとこれより中夜寂然として
J20_0150A07: 聲なしひそかにうかがへは安眠したまへるかごとし
J20_0150A08: ややありて問ていはく何時なりやと丑の刻なりと答
J20_0150A09: れば時すでに至れりとてもろもろの要文をうち誦し
J20_0150A10: て至心に念佛したまふかくて曉ちかきころ殊さらに
J20_0150A11: 高聲念佛二百遍其の聲次第にかすかにして禪定に入
J20_0150A12: るが如く息とどまりぬ實に寬政七乙卯歳七月十五日
J20_0150A13: 卯上刻なり世壽四十八僧﨟若干
J20_0150A14: この夜相州その地名をききもらしぬのもの數人西方をのぞむに富
J20_0150A15: 士山の方より金色の光明赫赫として八王子の邊をて
J20_0150A16: らせりこの故に後日師の入滅の瑞なりしことをしり
J20_0150A17: て葬送の日參詣して結縁せる人群集せり十七日の夜
J20_0150B18: 淺川の邊にて火浴せしに舍利數顆をえたりその盡七
J20_0150B19: 日まで遠近より師の墓所にまうづるもの日日たゆる
J20_0150B20: ことなかりしとなむ師常に予にかたりていはく我何
J20_0150B21: 月にもあれ十五日に命終せは是を往生のしるしとす
J20_0150B22: べしとはたして七月十五日なり
J20_0150B23: 卅一世勇蓮社哲譽成海上人 瓜連ニテ化
J20_0150B24: 卅二世專蓮社念譽了翼上人 安藝國廣島人
J20_0150B25: 卅三世還蓮社到譽察常上人 文化八未十一月十二日
J20_0150B26: 卅四世便蓮社速譽祐海上人 瓜連 小石川
J20_0150B27: 卅五世法蓮社岱譽典常上人 文政三辰十月住
J20_0150B28: 境中殘名
J20_0150B29: 當山に津戸三郞菅原爲守敕修圓光大師御傳に委出入道尊願墓有り
J20_0150B30: 是子孫當所に住故建之台德院殿の御宇津の戸次郞
J20_0150B31: 絶家收公により子孫此所に蟄居す然れども上を憚り
J20_0150B32: 津戸と呼のの字を除又別流にて同じ尊願の子孫は今
J20_0150B33: も江戸六番町伏見右京千五百石有之
J20_0150B34: 津戸三郞爲守

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