ウィンドウを閉じる

J2850 小石川伝通院志 摂門 画像

続浄の割書は、青字で小さく表示。

巻_頁段行 本文
J19_0685A01: て就く師是より世を厭出家の志を發父に請父許さす
J19_0685A02: 曠廢年久伏見に律師あり名德四方に聞師投せんとし
J19_0685A03: 夜竊に行父駭て追はしむ使者に辭して父吾願を許せ
J19_0685A04: とてもかへらしとついに嚴島に詣二尊の應供に感し
J19_0685A05: 岡崎の廣譽厭求貞憶は一時の斗望なり其徒品譽寂照
J19_0685A06: は師の友なれは倶に貞憶に請つひに出家授戒年廿七
J19_0685A07: 元祿十七年なり座下奉事四年關下傳通院了因和尚の
J19_0685A08: 室に入旦夕念佛怠らさる事三年又宗部を讀むこと三
J19_0685A09: 年其功積年久力の者に倍す師目白にゆき不動堂に齋
J19_0685A10: 禁する事七日師貌寢體疲多病少食淸靜沈默然れとも
J19_0685A11: 識量曠宏氣宇世を蓋ひ精力人を兼およそ事未甞て半
J19_0685A12: 途にして廢さす寢食せさる事數日疲倦を見す無量山
J19_0685A13: 湛譽上人に宗戒兩脈を受く乃岡崎に歸省函丈に侍る
J19_0685A14: こと若干時時所疑を質訪大德默して應せす師自ら其
J19_0685A15: 學のいたらさるをしり辭して又東し屏居楞嚴を讀む
J19_0685A16: 事三年一旦豁了後大德の許に至り許可終に檀越の固
J19_0685A17: 請にて綸旨を奉正德三年六月十一日厭求大德化師痛
J19_0685B18: 傷やますつひに會下を辭し礫川に隱先師の墓に謁し
J19_0685B19: 五畿中國九州に遊覽稱佛和歌す五年夏岡崎に歸り法
J19_0685B20: 要を追修七日遂に礫川にかへる享保改元なり此年法
J19_0685B21: 道芝草を撰秋居を麻布に卜す是都會の憒鬧を厭てな
J19_0685B22: り檀越爲に三河島の通津庵根岸の四休庵を營し道塲
J19_0685B23: とす師意に隨遊息自行化他專修念佛徒衆益進日課念
J19_0685B24: 佛するもの七萬入道授名五千百七十四人檀林學侶の
J19_0685B25: 徒游者四百八十有餘自奉戒整嚴平素持齋毎歳安居
J19_0685B26: 四止禁行四月十六日結夏七月十六日自恣餘力あれは
J19_0685B27: 講書凡選擇集を講する事百餘返其他甚多し寶曆六
J19_0685B28: 年五月十五日豫め文を回し本月廿日をつけ大に道俗
J19_0685B29: をあつめ勸誡し十念を授永訣とし廿三日鐵炮州伊勢
J19_0685B30: 某か母義三人及白井某宗脈作法畢て廿五日氣宇稍衰
J19_0685B31: 廿九日詰朝死期をつけ洗浴淨髮袈裟を着し六月二日
J19_0685B32: 道俗來看畢環り座念佛午時に端身合掌安祥寂行年八
J19_0685B33: 十法五十餘六日淺くさ常感寺に葬儀碑を武州葛西大
J19_0685B34: 谷田善應寺に立

ウィンドウを閉じる