浄土宗全書を検索する
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巻_頁段行 | 本文 |
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J19_0631A01: | 規式を定め門末列迎し三門より入院あり |
J19_0631A02: | 當院本尊阿彌陀佛は運慶作にて千葉介常胤守本尊 |
J19_0631A03: | 也常胤孫胤定禪師に歸依し入道し在阿と號す此尊 |
J19_0631A04: | 像を寄附し家門の先祖の追善に備ふ後良順上人の |
J19_0631A05: | 代に至り修補あり本像腹内に貞治二年三月十五日 |
J19_0631A06: | 修復之とあり |
J19_0631A07: | 千手院 三門の前左にあり始專修院と云後文字を改 |
J19_0631A08: | む |
J19_0631A09: | 學寮 |
J19_0631A10: | 開祖創業の時は門下數百人並他宗より寓學の徒も |
J19_0631A11: | ありしかは草庵を結び安座聽法の室凡百餘人其の |
J19_0631A12: | ち或は增或は减時によりて不定觀譽祐崇上人の時 |
J19_0631A13: | は凡六十餘宇と云傳へり其後又興廢ありて元和寬 |
J19_0631A14: | 永の頃八十余宇近來義譽觀徹上人のころ猶六十余 |
J19_0631A15: | 宇と云寶曆明和に及び學業自然と怠廢好學の徒少 |
J19_0631A16: | ければにや又は餘の檀林に掛錫せしにや當今漸く |
J19_0631A17: | 十余宇となれり予文化の始宗戒二脈に登山せし時 |
J19_0631B18: | は映徹義順等漸く七人のみなり |
J19_0631B19: | 善導塚 總門の前松原に有 |
J19_0631B20: | 往世宋船日本へ渡海の時善導大師僧と化し乘來り |
J19_0631B21: | 筑前國に着す筑後國山本郷善導寺聖光辨阿記主禪師の師範な |
J19_0631B22: | り一夜夢らくわれは唐の善導なり汝が專修念佛の |
J19_0631B23: | 弘通をよろこび來朝し箱崎にあり來り迎ふべしと |
J19_0631B24: | 云云告にまかせかの地に至るに果して像あり其地 |
J19_0631B25: | に一宇をたて善導寺と名く后又山本郷の善導寺に |
J19_0631B26: | 迎へらる記主禪師鎭西に趣き辨師に謁するの日其 |
J19_0631B27: | 像を附屬あり禪師靈像にむかひ吾は是より諸國の |
J19_0631B28: | 衆生を濟渡せんと欲す三年の後關東に至るべし其 |
J19_0631B29: | 間は何れの國にても有縁の地に跡をととめ給へと |
J19_0631B30: | て海に投入けるを見聞の道俗或は驚き或は歎息し |
J19_0631B31: | 祖意如何と評す後禪師當國佐介か谷に居するの時 |
J19_0631B32: | 由比濱澳に光明赫奕たる事七日七夜漁父海人怪驚 |
J19_0631B33: | する處靈像忽然として由井の濱に上り給へは禪師 |
J19_0631B34: | 其地に蓮花寺をうつす今の地是なり則祈禱堂に安 |