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J2820 三縁山志 摂門 画像

続浄の割書は、青字で小さく表示。

巻_頁段行 本文
J19_0450A01: 覈に二光を忘れしかは冏師『略頌二藏義』三十八卷を
J19_0450A02: 選編しあたへられしかはいよいよ解頴を增進します
J19_0450A03: ます内外の蘊奧をさくる明德四年十二月鎭西八代の
J19_0450A04: 正統をつき佛祖十八傳の譜位にのほる是より岩殿の
J19_0450A05: 大藏に入りあまねく群經を覽閲し猶も濡潤せり又五
J19_0450A06: 畿七道に逍遙し諸宗にわたりて其樞鍵をたたく諸師
J19_0450A07: みな其了悟の深淵を感知し各宗の論議をひらく師又
J19_0450A08: 辨鋒を振ひ逸魁の問難に及べば他師慚縮して退折せ
J19_0450A09: らる數年ののち故園に歸向のころたまたま武藏國豐
J19_0450A10: 島郡貝塚に至り眞言の密塲光明寺にととまりて玄化
J19_0450A11: を鼓扇し博く雋朗の士を澍す遠近駿奔し梵宇たち
J19_0450A12: まち巨刹となる故に眞言の宗を改め淨土の靈塲と
J19_0450A13: し叢規孔だ殷盛ならしむ當山の舊地是なり應永十年正月冏公を
J19_0450A14: 請武藏國小石川の邊に隱栖せしむ後數年を經て終に
J19_0450A15: 一寺となる今の傳通院并に宗慶寺是なり同年九月冏
J19_0450A16: 公毫を濡し璽書をつたふ十七年四月『行儀分』の講會
J19_0450A17: にあつかり『見聞』八卷を著す永享五年『無量壽經要
J19_0450B18: 注記』二十四卷『觀無量壽經要注記』十六卷『阿彌陀經
J19_0450B19: 要注記』八卷同八年『當麻曼陀羅鈔』四十八卷を選す
J19_0450B20: 此外『見聞』十卷『大原談義見聞』五卷『論藏集』十卷
J19_0450B21: 『萬德集』『金明集』『五重口决集』『不審精决集』『徹
J19_0450B22: 選擇口傳抄』『拾遺抄』『行義分見聞集』『徹髓抄』等
J19_0450B23: 都て一百餘卷並に世に行れ宗徒是を珍藏す師の智德
J19_0450B24: 得て稱すへからず又常に般舟淸修し定禪怠る事なく
J19_0450B25: 寒暑撓る事なし常に勝相を感見し西方の三聖を拜瞻
J19_0450B26: す道俗來りて起居をとへは法問論議の話言の外は答
J19_0450B27: 禮なし一族高橋海上原園城寺等來りて法要をきく各
J19_0450B28: 信願のむねをさとりて稱名を業とし戰場にむかふ又
J19_0450B29: 上杉氏の請により諸家の齋會につらなる時もみな俗
J19_0450B30: 事をいはす何れも玆に釋徒の制嚴をしりて歸敬深し
J19_0450B31: となり此外東國の八家小田大掾長沼那須もみな高風
J19_0450B32: を仰きて其門下を請し或は寺を建開し或は資糧をす
J19_0450B33: すめて書籍を求めしむ故に寒溫意に隨ひ珍書求るに
J19_0450B34: 隨へり此時東國戰中たり著述たよりなかりしを諸矦

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