ウィンドウを閉じる

J2820 三縁山志 摂門 画像

続浄の割書は、青字で小さく表示。

巻_頁段行 本文
J19_0344A01: 授け給ひて奧州二本松の城主となし給ふ長重在國
J19_0344A02: の時或日城下に出ける時熊野道者の農人馬に乘行
J19_0344A03: を見扨扨あの馬駿足かな何とそあの馬を請へと家
J19_0344A04: 來に申付候所其の家來彼道者を呼かけ城主の所望
J19_0344A05: なり其方乘たる馬請ひ度と申けれはこの道者申は
J19_0344A06: 成程進し申べく候我等當國の在所を乘出し候より
J19_0344A07: 熊野參詣往來の道すがら誠に上甲の中甲と申や申
J19_0344A08: さんとて即長重にあたへて去りたり是より長重其
J19_0344A09: 馬を乘試に地道乘駈といひいはふやうなき鎧下の
J19_0344A10: 名馬なり道者のあたへたる馬なれはとてその名を
J19_0344A11: 道者と名付たり長重心に思ふはかかる名馬又たく
J19_0344A12: ひも有へからす將軍家へ献し可申とて江戸にひか
J19_0344A13: せ台君に献上したり公此馬に召れ候所無双の名馬
J19_0344A14: のよし上意にて殊の外御賞愛遊され候へき駈を追
J19_0344A15: ふ時布一反を後輪の鹽手兩方に結ひ付て追ふにそ
J19_0344A16: の布一文字に麾すゆへに道者の名を改めて布引と
J19_0344A17: 名付られたり大坂御陣の時も台君此御馬に召れた
J19_0344B18: り然るに公寬永九年正月廿四日薨御したまふ時御
J19_0344B19: 治世の日勝れて此馬を御秘藏遊されしゆへ增上寺
J19_0344B20: に牽せられ直に今の涅槃門外かけの上其比は彼境
J19_0344B21: 内にて芝原成りしか此所へ放し飼にさせられ差置
J19_0344B22: る馬飼は勘左衞門といふものを方丈より付置たり
J19_0344B23: 其子孫延享の今に至るまて大傳馬町に存在する由
J19_0344B24: 也然るに彼布引なからへ居候内は毎月廿四日老中
J19_0344B25: 御名代して增上寺裏門より參詣せらるるに極て朝
J19_0344B26: 七つ時より裏門の内へ己と步みゆき立休らひ老中
J19_0344B27: 通らるるを見かくると其儘前膝を折敬ひ居て其儘
J19_0344B28: 歸りたり終に一度にても違ふ事なし誠に人間の所
J19_0344B29: 爲にも恥さる事也此馬年を經て死したる時一山其
J19_0344B30: 名馬たる事を感するの餘り方丈より彼馬を境内に
J19_0344B31: 埋に幅尺餘竪八尺餘厚六七寸許りなる釼形にした
J19_0344B32: る石塔を本尊として堂を作り馬頭觀音を安置す是
J19_0344B33: 今の世に至て諸人參詣す涅槃門の内觀音堂是也依
J19_0344B34: て此堂の主はかの文周か子孫永代所持たるもの也

ウィンドウを閉じる