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J2820 三縁山志 摂門 画像

続浄の割書は、青字で小さく表示。

巻_頁段行 本文
J19_0287A01: は茶臼山の御陣にても朝夕の御祈り怠らせ給はす
J19_0287A02: かくて一日兩僧を御前にめされ暫く御法話の折か
J19_0287A03: ら陣前の軍既にはしまりて兵共入亂れ兩陣勝負の
J19_0287A04: 注進敷並のことくなるに不思議や御方の御陣より
J19_0287A05: 黑糸威の鎧着たる法師武者壹人敵陣に駈入り右應
J19_0287A06: 左接千開萬閉獅子奮迅の勢ひをなし神異不測の働
J19_0287A07: はたた人とは見へ申さすと言上す神君樣聞召それ
J19_0287A08: は眞田伊豆入道ならずやと仰ありしかば伊豆入道
J19_0287A09: は此度は御留守の人數にて御城中に罷在候と申上
J19_0287A10: けれはさらば佛神の加護にやと思し召折から本尊
J19_0287A11: を拜覽あらせられしに不思議や御全身汗はみ御背
J19_0287A12: 中に銃砲の跡つかせ給ふ扨は今日の戰には本尊の
J19_0287A13: 御加護あるぞと頻に御感涙御身の毛もよたちた
J19_0287A14: ふとひ給ひけるその時神君樣御喜悅のあまり御供養なしたまはんと思召されしに折しも御陣中の事なれば
J19_0287A15: しかしかのものもなかりけるに幸ひ御菓子師の鹽瀨か献せし饅頭を片木にしてささげ御兜の上にすへさせられ御供養ありしかは今
J19_0287A16: 以年毎に四月十七日黑本尊へ兜饅頭とて鹽瀨より獻備す夫よりほとなく大阪落城し
J19_0287A17: 天下一統御代萬歳松吹風に御凱陣の御簱を靡せら
J19_0287B18: れ本尊重て駿府の御城に入らせ給ける乃至本尊は
J19_0287B19: 駿府より江戸の御城に移らせ給ひ台德院樣の御崇
J19_0287B20: 敬往時に異ならせ給はす殊に朝夕御拜信の御爲と
J19_0287B21: て御城中に佛閣を構へ給ひ佛閣は平川口にありし由又かかる靈
J19_0287B22: 像に俗體の給仕甚た御憚りありとて天德寺誓願寺
J19_0287B23: 大養寺本誓寺の住持を御供養の僧に定められける
J19_0287B24: 右四ケ寺御供養僧たるにより今に御内禮仰付らる其後大猷院樣の御時上意によ
J19_0287B25: り此本尊は神君の御尊敬深く御座しけれは眞に今
J19_0287B26: の世の甘棠なりとて別に御堂を建立し移し奉り給
J19_0287B27: ひける已下略抄
J19_0287B28: 『相州矢部村大善寺記』云東照宮樣於黑本尊前平
J19_0287B29: 日御看經御用ひ遊されし伏せ鉦天正慶長か六年十
J19_0287B30: 一月十二日御鷹野の節當寺へ入御御寄附遊されし
J19_0287B31: より當寺の什寶となれり
J19_0287B32: 『武家大秘錄上』云武州江戸三縁山增上寺に入佛
J19_0287B33: し給ふ黑佛の由來を傳聞に往昔德川家康公深く信
J19_0287B34: 仰有し本尊也家康公いまた遠州濱松の城に入らせ

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