浄土宗全書を検索する
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巻_頁段行 | 本文 |
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J19_0196A01: | 集會堂、大小方丈、大小庫裡等悉く成る。結搆舊觀 |
J19_0196A02: | に倍蓰し、絢爛目を奪ふ。現今の諸堂即ち是なり。 |
J19_0196A03: | 靈巖上人又洪鐘を鑄造して遠く法音を傳ふ。同十八 |
J19_0196A04: | 年江戸に赴きて造營を謝す。六月台命に依り、城中 |
J19_0196A05: | に於て天下和順の法問を行ひ、恩賚極めて多し。是 |
J19_0196A06: | より後寬文、元祿、寶曆、文化、萬延の諸度大修繕 |
J19_0196A07: | を行ふ。皆幕府の經營にかかる。 |
J19_0196A08: | 第三十八世萬無上人に及ひ、延寶六年三月圓山の地 |
J19_0196A09: | を得て大鐘樓を現地に築き元假樓圓山の下岸に在り同七年幕府に |
J19_0196A10: | 乞ひ、祇園の社地南北十二間、東西百八十間を割き |
J19_0196A11: | て三門前の通路を開く。 |
J19_0196A12: | 第四十三世應譽僧正の時、寶永七年阿彌陀堂を山上 |
J19_0196A13: | より大殿の西に移し、廟堂を修理し、拜堂を立つ。 |
J19_0196A14: | 是に於て當山の境域結搆ともに完成を告く。寬政三 |
J19_0196A15: | 年の調査に依るに、寺域すへて四萬五千七百五十餘 |
J19_0196A16: | 坪あり。 |
J19_0196A17: | 上述の如く、本院は慶長以來德川氏の庇護を蒙ると |
J19_0196B18: | 共に、 皇室の殊遇を辱ふせること亦尠からす。當 |
J19_0196B19: | 院歷代の住持台命に依りて上洛するや、着京の即日 |
J19_0196B20: | 勅請紫衣の綸旨を賜はり、入院の後參内して 天恩 |
J19_0196B21: | を謝し奉るを例とす。且つ年首其他慶吊の御事には、 |
J19_0196B22: | 必す參内 天機を奉伺し、參内の節は他寺に混せす、 |
J19_0196B23: | 別日に仰せ付らる。又第四十三世應譽上人以降大僧 |
J19_0196B24: | 正に任せられ、緋衣着用を許さる。加之 後陽成天 |
J19_0196B25: | 皇は屢屢彌陀の寶號を御宸筆ありて當院に賜ひ、 |
J19_0196B26: | 後水尾法皇は御歸仰特に厚く、寬永八年十月靈巖上 |
J19_0196B27: | 人に勅して、門中の長老二十人を率ゐ、院の御所に於 |
J19_0196B28: | て彌陀超世別願の法問を行はしめ。同十一年五月に |
J19_0196B29: | は六波羅蜜の法談をなさしめたまふ。又寬文六年八 |
J19_0196B30: | 月には、門主尊光法親王の開祖一枚起請文を聽講あ |
J19_0196B31: | らせられ、同年九月十五日、玄譽知鑑三十七世及ひ徒衆十 |
J19_0196B32: | 五人を仙洞に召し、 後光明天皇十三回の國忌を奉 |
J19_0196B33: | 修せしめ、尋いて廓然大悟得無生忍の法問を聽受あ |
J19_0196B34: | らせられ、叡感のあまり珍膳を賜ひ、後日女院より |