浄土宗全書を検索する
AND検索:複数の検索語をスペースで区切って入力すると、前後2行中にそれらを全て含む箇所を検索します。
巻_頁段行 | 本文 |
---|---|
J17_0231A01: | 傍に同御廐を食堂になし。鷹屋を鐘樓にし。泉殿を |
J17_0231A02: | 阿伽井とす。今の釋迦堂は泉の名をかりて淸涼寺と |
J17_0231A03: | 名づく。但釋迦如來はこの伽藍にうつり給ひし由來 |
J17_0231A04: | を尋れば。昔釋尊一夏九旬の間。報恩經を説て。生母 |
J17_0231A05: | 摩耶夫人の恩を報ぜんが爲に。忉利天上にのぼり給 |
J17_0231A06: | ひし時。優闐大王。如來に離れ奉らん事をかなしみ |
J17_0231A07: | て。毗首羯磨に仰て。赤せんだんをもて尊像をうつ |
J17_0231A08: | し奉る。持地菩薩神通をもて。優闐大王の國より須 |
J17_0231A09: | 彌山に。金銀水精の三の橋を渡せり。木像も生身の |
J17_0231A10: | 佛の送りにのぼり給ひしに。生身と木像と道の前後 |
J17_0231A11: | を論じ給ひし時。木像の佛は。我は木像なり。爭か |
J17_0231A12: | 生身の佛にはまさるべき。生身の佛先に立給へとの |
J17_0231A13: | たまふ。生身の佛。われは入滅すべき身也。木像は |
J17_0231A14: | 利益久しかるべき佛なれば。木像先にたち給へとの |
J17_0231A15: | たまひしかば。木像先にたちて渡り給ひき。安居の |
J17_0231A16: | 後忉利天より下て。曲女城に入給ひし時は。木像身 |
J17_0231A17: | を曲て生佛に揖し給ふに。化導を木像にゆづりて。 |
J17_0231B18: | 生身の佛先に立て。祇園精舍に入給ひて後に。大唐 |
J17_0231B19: | 國を化せんが爲に。震旦に來り給ふ。楊州開元寺の |
J17_0231B20: | 栴檀の像是也。爰に日本東大寺の求法の沙門奝然法 |
J17_0231B21: | 橋。天元六年に官符を給ひて入唐の時。まづ開元寺 |
J17_0231B22: | に至りて尊像を尋。即帝闕に參じて龍顏に謁し。勅 |
J17_0231B23: | 免をかうぶりて。彼瑞像をうつして歸朝せんとする |
J17_0231B24: | 處。本佛を渡し可奉之由。栴檀の像面り奝然に示 |
J17_0231B25: | し給ひければ。其心を得て新佛の色を本佛に相似せ |
J17_0231B26: | しめて取替奉て。晝は佛を荷擔し奉り。夜は佛奝然 |
J17_0231B27: | を荷擔し給ひて。寬和二年七月九日に歸朝す。永延 |
J17_0231B28: | 元年二月十一日に入洛す。一堂を建立して此像を |
J17_0231B29: | 奉安置。今の淸涼寺是也。彼永延より以來嘉祿に至 |
J17_0231B30: | るまで二百四十年計にや成ぬらん。 |
J17_0231B31: | 空阿彌陀佛往生事 |
J17_0231B32: | 上人門弟の中に。法性寺の空阿彌陀佛は。經をもよ |
J17_0231B33: | まず。禮讚におよばず。只一向專念の行をたて。多 |
J17_0231B34: | 念の棟梁。專修の大將也。行德人にしられ。名望世 |