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J2410 九巻伝 〓 画像

続浄の割書は、青字で小さく表示。

巻_頁段行 本文
J17_0173A01: の事か。武士のならひ進退心にまかせざれば。山門
J17_0173A02: の堂衆を追討のために勅命を蒙て。只今八王子の城
J17_0173A03: へ向侍り。忠綱武勇の家に生れて弓矢の道にたづさ
J17_0173A04: はる。進ては父祖が遺塵を失はず。退ては子孫の後
J17_0173A05: 榮をのこさんがために。敵をふせぎ身を捨てば。惡心
J17_0173A06: 熾盛にして願念發起しがたし。若又今世のかりなる
J17_0173A07: いわれを思ひ。往生のはげむべき理を忘れずば。居
J17_0173A08: 時も則禮なく動時も則威なからん。かへりて敵の爲
J17_0173A09: にとりことせられなば。永く臆病の名をとどめて。
J17_0173A10: 忽に譜代のあとを失ひつべし。何を捨て何を取べし
J17_0173A11: と云事。只幽暗に向へるがごとし。願は上人弓箭の
J17_0173A12: 家業をも捨ず。往生の素意をも遂る道侍らば。詮を
J17_0173A13: とりて御一言を承り給ひ候はんと申ければ。上人宣
J17_0173A14: ひけるは。彌陀の本願は專ら罪人の爲なれば。罪人
J17_0173A15: は罪人ながら名號を唱て往生す。これ本願の不思議
J17_0173A16: 也。弓箭の家に生れたる人。たとひ戰場に命をうしな
J17_0173A17: ふとも。念佛して終らば。本願に答へて來迎に預り
J17_0173B18: 往生を遂ん事。ゆめゆめうたがふべからずと仰られ
J17_0173B19: ければ。不審ひらき侍りぬ。さては忠綱が往生は今
J17_0173B20: 日一定なるべしと悅て。上人の御袈裟を給て鎧の下
J17_0173B21: にかけ。やがてそれより八王子の城へ向ひけるに。
J17_0173B22: 彼社は東向なれば寄手は西向によせけるに。八王子
J17_0173B23: 權現の本地は彌陀左脇の弟子觀自在尊也。幸に我西
J17_0173B24: 方に向へり。往生の便を得たるものか。權現すて給
J17_0173B25: ふなと祈請して。命を捨て戰けるに。堂衆の中に一
J17_0173B26: 房中より十八人出たりける武者。みな手がら有ける
J17_0173B27: 豪の者也けるが。甘糟太郞と云。重代の豪の武者の
J17_0173B28: 向なるに。おなじく其仁を敵にうけて。高名もふか
J17_0173B29: くも此時あらはすべしと支度しけるが。いまだ甘糟
J17_0173B30: を見しらざる間。名のらせて知らんとのはかりごと
J17_0173B31: にて。我と思はん敵は名のりてすすめといひて。十
J17_0173B32: 八人の者どもしころをならべて木戸口より進出ける
J17_0173B33: に。甘糟は折しも木戸口ちかくせめよせたりける
J17_0173B34: が。取もあへず武藏國の住人甘糟太郞忠綱といふ重

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