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J1420 和語灯録日講私記 義山・素中 画像

続浄の割書は、青字で小さく表示。

巻_頁段行 本文
J09_0822A01: ○おほつかなくをもひまいらせつる程にとは此の御
J09_0822A02: 返事は津戸上洛の後本國に歸り念佛の外他事なかり
J09_0822A03: けるを人人見うらやみて專修念佛の行人彼の國中に
J09_0822A04: 三十餘人まてになりにけれは此の由を上人へ申入れ
J09_0822A05: ける時の御返事也傳文三十八卷五丁傳文の次第は此の御返事の
J09_0822A06: 次に前の元久二年の御返事あるなり扨此の御文も傳
J09_0822A07: 文とは具略有りて此に載する所委悉也其段至文中
J09_0822A08: 可知又文中の義は翼賛并に隨聞記可見合也
J09_0822A09: ○をほつかなくおもひまいらせ等とは此の二行さて
J09_0822A10: もと云ふまては傳文畧せり專修念佛の人はと云ふ以
J09_0822A11: 下傳文載之○四十一丁たたし無智の人にこそと云ふ以下
J09_0822A12: の五行在家出家の人をもきらはすと云ふまて傳文
J09_0822A13: 略之○四十二丁善導和尚この文をうけてとは定善義佛身
J09_0822A14: 觀の釋也○釋迦のすすめ給もと云ふ以下の二行往
J09_0822A15: 生すとすすめたまへる也と云まて傳文畧せり○釋迦
J09_0822A16: 如來の種種のと云ふ以下とかせたまひつる事はと云
J09_0822A17: ふ二行傳文畧之○四十三丁これは無智のものなれはとい
J09_0822B18: ふへからすと云ふ以下傳文畧之○又要文の事書て
J09_0822B19: とは此は津戸より淨土の要文ともなんとを書きて給
J09_0822B20: へと願ひけると見へたり○又熊谷の入道の文とは此
J09_0822B21: れも要文の事也第七卷三十一丁見合すへし先き達て書きて遣されし
J09_0822B22: 要文はなをすべきことのあれは此方へ取寄せて書
J09_0822B23: きなをして遣すへきとの事也○九月廿八日とは年代
J09_0822B24: 未詳案するに津戸上洛は建久六年也其後下向已後
J09_0822B25: の事なれは建八九年及ひ正治元年の間の比なるへし
J09_0822B26: 其の由は正治二年將軍賴家の時もはや念佛停止の事あり
J09_0822B27: 此の義東鑑十六卷に出てたり翼賛四十二卷初丁引之
J09_0822B28: ○まつきこしめすままに等とは此の御返事は元祖御
J09_0822B29: 病惱の事ありしを津戸傳へ聞きて早速御見舞の狀を
J09_0822B30: 奉りしときの御返事なり扨此の御病年代何の時と云
J09_0822B31: こと不知元祖大師正月一日より八日まて別時念佛
J09_0822B32: は恒例の事也建久九年正月恒例の七日別時傳文第七卷七八丁
J09_0822B33: 久三年丙寅正月恒例の七日別時九卷傳并三昧發得の記傳文第七八丁に引之等あ
J09_0822B34: れとも未知何年又元久二年正月一日より靈山寺

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