浄土宗全書を検索する
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巻_頁段行 | 本文 |
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J09_0172A01: | 望みて。安産の爲に夫と共に我父母の家に赴く。其 |
J09_0172A02: | 途中にて俄に産す。行先遠き野原なるに。日さへ已 |
J09_0172A03: | に暮ぬれば。無爲なく大なる木の下に寄て息居たる |
J09_0172A04: | に。忽ち毒蛇來りて。其夫を蛆殺しぬ是先の誓言に應ず。已下爾なり。 |
J09_0172A05: | 是を見て驚き惑ひ。生ける心地はあらねとも。漸く |
J09_0172A06: | 曉にも成ければ。兄なる子を背に負ひ。弟をば懷に |
J09_0172A07: | 抱き。猶も親の所へと進む程に。其道に一つの大河 |
J09_0172A08: | あり。折節水深くして渡り難し。先兄をば此方の岸 |
J09_0172A09: | に留め置。弟を懷きて瀨踏し渡り。漸く向の岸に置 |
J09_0172A10: | き立皈りて。兄を渡さんと思ふ程に。母の來るを待 |
J09_0172A11: | 兼て招きて水に匍入れは。漂流れて終に死す。母 |
J09_0172A12: | は氣もきえ心くれ。爲方なくなく弟をは。いとしも |
J09_0172A13: | せめて懷にして。心細くも山を越。野をたとりつつ |
J09_0172A14: | 往程に。向より犲狼走り來て。懷の子に飛かかり噉 |
J09_0172A15: | ふ。血しほを涙にて袂も裳も朱に染めたり。おめき |
J09_0172A16: | 呌べとも更に甲斐こそ勿りけれ。せめては父母の安 |
J09_0172A17: | 否をと。往來の人に尋ぬれは。實に其里の其人こそ。 |
J09_0172B18: | 昨夜其家失火して。夫婦共に燒死せりと告たりけれ |
J09_0172B19: | は。行にもたのみのあらはこそ。皈るにも亦ちから |
J09_0172B20: | なし。進退ここに究まれり。かくて復夫に隨ふ。こ |
J09_0172B21: | の夫頗る逸轍也。此婦懷妊して臨産の時。夫外より |
J09_0172B22: | 醉て皈り。戸を扣けとも妻は開くに由なし。夫大ひ |
J09_0172B23: | に瞋りて打程に。終に戸破る。内に入て妻を呵し散 |
J09_0172B24: | 散に打擲す。妻なくなく出産を語れは增增怒り。其 |
J09_0172B25: | 生る子をひき割て肉を以て妻の口中に入る。妻堪か |
J09_0172B26: | ねて家を出他國にたとる。其國の長者。此女の端正 |
J09_0172B27: | なるを見て。相語て妻とす。偕老の契り深かりける |
J09_0172B28: | が。長者幾程なく病死せり。其國の法として。夫死 |
J09_0172B29: | すれば妻も亦生ながら塚に埋めり。時に狐狼塚をあ |
J09_0172B30: | ばきけるに。妻未だ死せずして出づ。爰に於て謂らく |
J09_0172B31: | かく罪報の淺からさる事を思て。悶絶して復蘇生す。 |
J09_0172B32: | 此時に當て五蘊の無常は相似水月一息の虚僞不 |
J09_0172B33: | 異燈火と。此理を觀して輪廻生死の里を厭ひ。分 |
J09_0172B34: | 段同居の家を捨て。忽ちに出家す。昔の誓言を立し |