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J2750 徳本行者伝 行誡 画像

続浄の割書は、青字で小さく表示。

巻_頁段行 本文
J18_0413A01: なく領掌しつ。上人歸りて。けふなんさる事あり
J18_0413A02: て。よき古佛一體得たりき。何をむくひとして請じ
J18_0413A03: 奉んやといはれたるを。同じ山内なる眞珠院の住持
J18_0413A04: 立堂きき傳へて。おのれその報まゐらすべし。すみ
J18_0413A05: やかに請じ給へかしとて。黄金二十枚をぞ喜捨しけ
J18_0413A06: る。學頭智門上人。並に一山の大衆も隨喜して。力
J18_0413A07: を戮せ。やがて常念佛堂を造りて。其尊像を安置し
J18_0413A08: 奉りけり。文化十一年の六月。師。請に應じて再江
J18_0413A09: 戸に來らせ給ひし時は。即この寺を留錫の道塲とは
J18_0413A10: 定給へり。はじめ。本堂狹かりければ。玄關に出て
J18_0413A11: 説法し給ふ。貴賤群集夥しくて。錐を立るの地もな
J18_0413A12: きまでなりけり。其ころ淺草淸光寺の住持文潮上人
J18_0413A13: 深く師に歸依して。時時拜謁せられけるに。その檀
J18_0413A14: 越に鐵屋久右衞門といふ豪商あり。住持の。師に歸
J18_0413A15: 依するを見て。いつしか歸仰の志おこりて。常常師
J18_0413A16: の説法の席にぞ參ける或時。我力の及ぶべき事一は
J18_0413A17: し供養しまゐらせむ。何をがなと尋けるを。鳳譽上
J18_0413B18: 人きかれて。道塲狹くして。説法の會座に事かきた
J18_0413B19: り。堂ひとつあらまほしと申されけるに。心やすき
J18_0413B20: 事なりとて。同十四年の七月。に六間四面の堂一宇
J18_0413B21: をぞ造立したりける。今の大佛堂これなり。これに
J18_0413B22: よりて。都下の士女もおとらじとて。各資財を捐
J18_0413B23: て。資具莊嚴全く備れり。さてもこの本尊は。むか
J18_0413B24: し鐵屋の先祖何某。相州小田原に。丈六の銅佛をつ
J18_0413B25: くりける時の。鑄形の像なりとぞ。年月を經て。は
J18_0413B26: からずも其尊像を安置し奉る堂を。その子孫の人の
J18_0413B27: 造立せるも偶然の事にはあらじかし。天蓋光坐およ
J18_0413B28: び一切の莊嚴。一時に成滿して。金碧眼をかがやか
J18_0413B29: すにいたれり。凡師の此寺にいませる事前後四年な
J18_0413B30: り。この堂を建立の時。礎を居。土を平かにせし時
J18_0413B31: は。男女數千人左右二行にならびて。手越に土をは
J18_0413B32: こびけり。其さまおのづから傳供の式の如なりけ
J18_0413B33: り。いとめづらかなる事になむ。其ころ京師の佛工
J18_0413B34: 西田立慶をして。師の等身の肖像を彫刻せしめ。本

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