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J2750 徳本行者伝 行誡 画像

続浄の割書は、青字で小さく表示。

巻_頁段行 本文
J18_0390A01: じやなど。人の申あへりしも。過稱にはあらざりけ
J18_0390A02: り。この榮助は。須ケ谷の麓の農夫なり。日日齋食
J18_0390A03: をはこび。薪水を供じて。寒暑一日もおこたる事な
J18_0390A04: し。後に出家して。本因といふ。この地もとより水
J18_0390A05: 脉隔りて。盥嗽の水も容易からざれば。榮助日頃お
J18_0390A06: もひ歎しを。ある時。師の給ひけるは。汝今より七
J18_0390A07: 夜ばかり。忍びてここに來て念佛せよと命じ玉ふ。
J18_0390A08: 榮助敎のごとく。毎夜。竊にのぼりて勤けるに。第
J18_0390A09: 七夜の曉。其邊の巖の根より。いと淸らかなる泉。
J18_0390A10: ひとすぢぞ涌出にける。今も猶其時とおなじさまに。
J18_0390A11: 潺湲として竭る事なしとぞ。絶頂より五六丁下まで
J18_0390A12: は。結縁ゆるされければ。折折に男女の詣來たる時
J18_0390A13: は。榮助かねてささやかなる幟を作おき。これを搖
J18_0390A14: せば。數千丈の巖上に。師たちいでで十念をぞ授玉ふ
J18_0390A15: 其際はるかなれども。音聲朗朗として。咫尺に對す
J18_0390A16: るが如し。又高聲禮拜の時は。有田川まで響聞えけ
J18_0390A17: れば。旅行人も。不思議なりとぞいひあへりける。
J18_0390B18: 須ケ谷山の麓は。古戰場にて。古塚ども累累として
J18_0390B19: 多くたてり。師哀みて。この亡靈の爲にとて。ねも
J18_0390B20: ころに回向せられたる事あり。或夜本勇尼獨念佛し
J18_0390B21: 居たるに。たけ高男の。素袍やうの衣を着し。黑笠
J18_0390B22: を戴しが來りて。いへりけるは。このほどはあり難
J18_0390B23: 回向に預りて。かたじけなく侍る也。其よし直に申
J18_0390B24: さんもいとかしこければ。これまで申なりとて。か
J18_0390B25: きけち失ぬ。翌朝師の御許に行て。ありし事ども告
J18_0390B26: 申ければ。冥界遠にあらず。吾回向のとどきたるな
J18_0390B27: るべしとぞ仰られける。
J18_0390B28: 紀州有田郡は。名産の蜜柑をいだす所也。いかなる
J18_0390B29: 事にか。近頃年年數萬の根株に虫の生じて。あたか
J18_0390B30: も煤を塗たるごとし。されば枝葉大半枯しぼみて。
J18_0390B31: 花實ややおとろへたり。師の庵近き。須ケ谷。みや
J18_0390B32: 原のあたり。殊に甚し。師このよし聞給ひ。やがて
J18_0390B33: 數里の間を終日木の下をめぐり。或は通夜に念佛經
J18_0390B34: 行し給ひけり。さるほどに。さばかりの虫どもいつ

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