浄土宗全書を検索する
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巻_頁段行 | 本文 |
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J18_0390A01: | じやなど。人の申あへりしも。過稱にはあらざりけ |
J18_0390A02: | り。この榮助は。須ケ谷の麓の農夫なり。日日齋食 |
J18_0390A03: | をはこび。薪水を供じて。寒暑一日もおこたる事な |
J18_0390A04: | し。後に出家して。本因といふ。この地もとより水 |
J18_0390A05: | 脉隔りて。盥嗽の水も容易からざれば。榮助日頃お |
J18_0390A06: | もひ歎しを。ある時。師の給ひけるは。汝今より七 |
J18_0390A07: | 夜ばかり。忍びてここに來て念佛せよと命じ玉ふ。 |
J18_0390A08: | 榮助敎のごとく。毎夜。竊にのぼりて勤けるに。第 |
J18_0390A09: | 七夜の曉。其邊の巖の根より。いと淸らかなる泉。 |
J18_0390A10: | ひとすぢぞ涌出にける。今も猶其時とおなじさまに。 |
J18_0390A11: | 潺湲として竭る事なしとぞ。絶頂より五六丁下まで |
J18_0390A12: | は。結縁ゆるされければ。折折に男女の詣來たる時 |
J18_0390A13: | は。榮助かねてささやかなる幟を作おき。これを搖 |
J18_0390A14: | せば。數千丈の巖上に。師たちいでで十念をぞ授玉ふ |
J18_0390A15: | 其際はるかなれども。音聲朗朗として。咫尺に對す |
J18_0390A16: | るが如し。又高聲禮拜の時は。有田川まで響聞えけ |
J18_0390A17: | れば。旅行人も。不思議なりとぞいひあへりける。 |
J18_0390B18: | 須ケ谷山の麓は。古戰場にて。古塚ども累累として |
J18_0390B19: | 多くたてり。師哀みて。この亡靈の爲にとて。ねも |
J18_0390B20: | ころに回向せられたる事あり。或夜本勇尼獨念佛し |
J18_0390B21: | 居たるに。たけ高男の。素袍やうの衣を着し。黑笠 |
J18_0390B22: | を戴しが來りて。いへりけるは。このほどはあり難 |
J18_0390B23: | 回向に預りて。かたじけなく侍る也。其よし直に申 |
J18_0390B24: | さんもいとかしこければ。これまで申なりとて。か |
J18_0390B25: | きけち失ぬ。翌朝師の御許に行て。ありし事ども告 |
J18_0390B26: | 申ければ。冥界遠にあらず。吾回向のとどきたるな |
J18_0390B27: | るべしとぞ仰られける。 |
J18_0390B28: | 紀州有田郡は。名産の蜜柑をいだす所也。いかなる |
J18_0390B29: | 事にか。近頃年年數萬の根株に虫の生じて。あたか |
J18_0390B30: | も煤を塗たるごとし。されば枝葉大半枯しぼみて。 |
J18_0390B31: | 花實ややおとろへたり。師の庵近き。須ケ谷。みや |
J18_0390B32: | 原のあたり。殊に甚し。師このよし聞給ひ。やがて |
J18_0390B33: | 數里の間を終日木の下をめぐり。或は通夜に念佛經 |
J18_0390B34: | 行し給ひけり。さるほどに。さばかりの虫どもいつ |