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J2750 徳本行者伝 行誡 画像

続浄の割書は、青字で小さく表示。

巻_頁段行 本文
J18_0389A01: 聲の。耳のほとりに聞ゆれど。猶夢のやうなりき
J18_0389A02: と。後に本勇竊にかたりけり。かぶら坂。爪書地藏
J18_0389A03: 尊の堂へ入らせ給ひ。ここにて小食をとて。もたら
J18_0389A04: しし蠶豆の粉を供じぬ。折しも堂の前を人の通るを
J18_0389A05: 見るに。日高郡の相しれる人なれば。母堂の御もと
J18_0389A06: へ。ことづて聞え給ふ。其日。有田郡。須ケ谷村を過
J18_0389A07: 給ふに。農夫榮助といへるもの。師の御前に膝ま
J18_0389A08: づきて。今日は。おのれが母の忌日なり。かしこけ
J18_0389A09: れども。今宵は吾家にとぞ請じ申ける。抑この榮
J18_0389A10: 助。いかなる宿縁をか結びけん。師に歸依渴仰する事
J18_0389A11: 肉身の如來を視奉るごとく也。いかで師を此地にと
J18_0389A12: どめまゐらせて。おもふままに結縁をもせさせ給は
J18_0389A13: ん事をと兼ては思まうけたるをなど。歎奉りけれ
J18_0389A14: ば。そはよき志なりとて。所望にまかせらる。榮助
J18_0389A15: よろこびいはんかたなく。天神山の半腹に俗にすべり岩といふと
J18_0389A16: ころささやかなる草庵一宇しつらひて。奉仕供養。心
J18_0389A17: を盡しけり。
J18_0389B18: 須ケ谷の山は。有田郡に屬して。高さ廿町ばかりも
J18_0389B19: 登るべし。半ばより上は。松柏も生出ず。巖石をた
J18_0389B20: たみあげたるやうにて。嶮〓いふばかりなし。昔。
J18_0389B21: 畠山政氏といへりし人の。籠たる城山にて。土俗は
J18_0389B22: 魔所なりとて。つねにはおそれて登人もなかりし
J18_0389B23: を。師。見給ひて。前の庵もあれども。この絶境こ
J18_0389B24: そ。空閑獨處にはよき道場なれ。ここに庵ひとつ造
J18_0389B25: れとなん命じ給ひける。かくて榮助からうじて。絶
J18_0389B26: 頂の南に向ひたる巖の上に。方丈にもたらぬ平地
J18_0389B27: 一所を見出ければ。うれしくて。やがてさし出たる
J18_0389B28: 巖にそひて。丸木の柱を建。枯殘たる薄ちがやも
J18_0389B29: て。ふき覆ひたり。はつかに御膝いるるほどなるべ
J18_0389B30: し。下は千仞の絶壁にて。これを臨ば眼も眩轉ばか
J18_0389B31: りなり。庵は雨露のまほにかからぬのみにて。内外
J18_0389B32: の隔だになければ寒風虜を擘き。山雲牀を埋て。さ
J18_0389B33: ながら露地坐に異なることなし。むかし頭陀第一と
J18_0389B34: 佛の讃給ひし迦葉尊者のお跡にも。おさおさ劣給は

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