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J1370 一枚起請講説 法洲 画像

続浄の割書は、青字で小さく表示。

巻_頁段行 本文
J09_0260A01: 云世人終日口念本體不識自性彌陀經通讃云口
J09_0260A02: 念心不念又大集日藏經大念小念と説き玉へるを。群
J09_0260A03: 疑論大念者大聲小念者小聲。と判じ玉へり。かく
J09_0260A04: の如念の字に。となふると云義ある故。元祖大師選
J09_0260A05: 擇集に。念聲是一と釋成し玉ふなり。猶此上を穿議
J09_0260A06: せば。なる程。念に唱ふるの義あることは。知れ畢
J09_0260A07: れり。されども。念を。おもうと云ことは本訓なり。
J09_0260A08: されば。兩方共に觀と稱と一義あれば。先是では牛角の論
J09_0260A09: と聞るが。爾るに強て導師の義を正意とする義趣は
J09_0260A10: と云に。此願文の十念の念は。稱名に局ること。觀經
J09_0260A11: と照し合すれば爭ひなし。觀經下下品の罪人。念佛
J09_0260A12: で助かる所の經文に。令聲不絶。具足十念。稱南無
J09_0260A13: 阿彌陀佛と。説けてあり。此十聲稱佛が。則ち本願
J09_0260A14: の十念なれば。紛なきことなり。先是で本願口稱の義。
J09_0260A15: 更に爭ふ所なし。されども。猶此上に。強難を立て
J09_0260A16: て。本願口稱の義は顯はれたれども。爾し觀念でな
J09_0260A17: いと云證據もなひからは。觀稱に通ずると見るが。
J09_0260B18: 穩にありそうな物じやがと云に。なる程。念の字の
J09_0260B19: 持前は。觀稱に通ずれども。今の本願の十念と云は。
J09_0260B20: 偏に口稱の義にして。觀念には通ぜす。大師念聲是一
J09_0260B21: の御釋。全く此觀念に簡異し玉ふ爲なり。若觀稱に
J09_0260B22: 通するの義を立れば。一願兩體の大失を生ずるなり。
J09_0260B23: 一願兩體の失とは。彼十九來迎の願を。覺明房は
J09_0260B24: 修諸功德の文に依て。諸行本願の義を立。一念義
J09_0260B25: 修諸功德の。諸行の者を來迎し玉へば。宗門は不
J09_0260B26: 來迎なり。と云云す。十九の願體は來迎なり。爾る
J09_0260B27: を修諸功德をも。願體と心得たるが故に。十九の
J09_0260B28: 一願に諸行と來迎との。二體を成ずる故に。大失
J09_0260B29: となるなり。
J09_0260B30: 今も亦其如く。若し本願が觀念なれば。口稱に通ぜ
J09_0260B31: ず。又口稱なれば。觀念に通ぜず。是れ一願一體な
J09_0260B32: る故なり。爾るに。本願口稱の義は。上に述るが如
J09_0260B33: く。又相傳に。同本異譯の。平等覺經。寶積經。莊
J09_0260B34: 嚴經等。皆名號の顯説あり。他證を求むべかざる歟。

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