古巌
提供: 新纂浄土宗大辞典
2018年3月30日 (金) 06:23時点における192.168.11.48 (トーク)による版
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こがん/古巌
元和七年(一六二一)頃—元禄五年(一六九二)九月一六日(一三日とも)。入蓮社流誉願故。願海ともいう。増上寺三一世。生国・氏姓は不詳。小金東漸寺一四世、飯沼弘経寺二四世を経て、貞享三年(一六八六)増上寺三一世に就任。同年一一月門末寺院法度を定める。翌四年幕府は府外檀林の六里以内に所在する知恩院・増上寺両寺の末寺をその檀林の末寺とすることを定めた。古巌はこの本末再編に大きく関わった。元禄元年(一六八八)所化衆掟書、府内寺院掟書、所化寮掟書を定め、宗内・寺内の統制を図った。同年五月隠居。
【資料】『三縁山志』(浄全一九)、『増上寺史料集』一
【参考】『大本山増上寺史・本文編』(大本山増上寺、一九九九)
【執筆者:中野真理子】