千葉良導
提供: 新纂浄土宗大辞典
ちばりょうどう/千葉良導
明治一五年(一八八二)一月一五日—昭和三一年(一九五六)五月二〇日。開蓮社妙誉玄阿。字は指方。金戒光明寺六八世。黒谷浄土宗初代管長。京都府綴喜郡宇治田原村岩山に山本弥三郎、母つねの四男として生まれる。明治二六年(一八九三)五月大阪天満善導寺の千葉良典について得度をうけ、幼名音次郎を良導と改める。浄土宗大阪支校、浄土宗大学高等正科専攻部と進み、同三九年一一月百万遍知恩寺において北条弁旭より伝宗伝戒。その後、宗教大学研究科に進み天台学をきわめ、同四二年三月に業を終えるやいなや浄土宗第六第七聯合教校の教授に任じられる。大正三年(一九一四)五月師籍善導寺に晋董するが同一〇年五月山城八幡町橋本(京都府八幡市)の西遊寺に転じる。また同一一年からは佛教専門学校に奉職。曇鸞教学の研究の第一人者とされる一方、伝書の研鑽にも励んだ。昭和二二年(一九四七)には推戴をうけて金戒光明寺六八世の法灯をついだ。著書に『浄土宗乗要義』『決答授手印疑問鈔通解』『往生浄土論概説』などがある。
【参考】藤本了泰『浄土宗大年表』(山喜房仏書林、一九九四)、大橋俊雄『浄土宗人名事典』(斎々坊、二〇〇一)
【執筆者:永田真隆】