尊観
提供: 新纂浄土宗大辞典
そんかん/尊観
延応元年(一二三九)—正和五年(一三一六)三月一四日。鎌倉時代中期の僧。字は良弁。名越派派祖。また鎌倉名越谷の善導寺で布教したため、後世尊観の流派を名越流もしくは善導寺義という。三祖良忠の弟子。下総国香取郡鏑木村北条朝時の子。幼少から良忠に師事し、建治二年(一二七六)付法を受ける。尊観は、三心がそなわった最初の一念によって業成するとする一念業成を主張した。良忠示寂後、門下は多くの流派にわかれたが、多念業成を主張する白旗派寂恵良暁とは特に激しく論争した。正和三年(一三一四)良暁の『口伝鈔』を読んだ尊観は、同年『十六箇条疑問答』を著して反論した。これに対して良暁も『浄土述問鈔』を書いて再反論した。この論争は弟子たちに受け継がれ、名越派が白旗派に統合される明治時代まで続いた。弟子には近江国河瀬報恩寺で布教した良厳慈観や信濃国善光寺南大門前の月形房に住んだ良慶明心等がいた。
【資料】『法水分流記』『浄土惣系図』(共に野村恒道・福田行慈編『法然教団系譜選』青史出版、二〇〇四)
【参考】玉山成元「浄土宗名越派の確立について」(『藤原弘道先生古稀記念史学仏教学論集』藤原弘道先生古稀記念会、一九七三)、佐藤孝徳『専称寺史』(私家版、一九九五)
【参照項目】➡名越派
【執筆者:𠮷水成正】