「三大」の版間の差分
提供: 新纂浄土宗大辞典
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2018年3月30日 (金) 06:24時点における最新版
さんだい/三大
体大・相大・用大の三つ。衆生の心の本体(体)とすがた(相)とはたらき(用)がそれぞれ大なることをいう。『起信論』立義分に「一には体大、一切法の真如を謂う、平等にして増減せざるが故なり。二には相大、如来蔵を謂う、無量の性功徳を具足するが故なり。三には用大、能く一切の世間と出世間との善の因果を生ずるが故なり」(正蔵三二・五七五下)とあり、体大は一切法の真如が平等で不増減であること、相大は真如(如来蔵)が無量の功徳を持つこと、用大は真如の作用として世間・出世間に善の因果を生じさせると説かれている。この三大説の成立については、『起信論』を中国撰述とみる立場から、地論宗の三身論に淵源を求める説、あるいは『金剛仙論』の思想影響が指摘されている。また三大説は仏身論との関係も深く、一般的には法蔵『大乗起信論義記』(正蔵四四・二四七下)のように、『起信論』解釈分の内容(正蔵三二・五七九上~下)を踏まえて、体大・相大に理智不二の法身、用大に報身・応身の二身をあてる。他方、迦才『浄土論』では法身浄土に三大すべてを相当させ、体大を所住の仏土、相大・用大を能住の仏身とする説がみられる(浄全六・六二八下)。
【参考】望月信亨『講述大乗起信論』(冨山房、一九三八)、竹村牧男『大乗起信論読釈』(山喜房仏書林、一九八五)
【執筆者:工藤量導】