操作

「宗教心理学」の版間の差分

提供: 新纂浄土宗大辞典

 
(1版 をインポートしました)
 
(相違点なし)

2018年3月30日 (金) 06:26時点における最新版

しゅうきょうしんりがく/宗教心理学

[定義]

個人の内面における宗教的な経験や事象を、客観的・記述的もしくは科学的に把握する学問。その学問的特質は、とりわけ主観的もしくは規範的な宗学・神学とは対照をなしている。また、宗教を心理現象から捉えるという点で、社会現象に寄せて捉える宗教社会学や、おもに文化現象に着目する宗教人類学からも区別される。一般的には、一九世紀末以降に成立した科学的な近代心理学の方法論、具体的には行動主義心理学や精神分析学、人間性心理学、さらにはトランス・パーソナル心理学などの諸理論を取り入れた宗教研究を指す。

[学説的展開]

上述の狭義での宗教心理学のルーツは、アメリカの心理学者たちによる回心に関する心理学的研究にある。その代表的な著作に、E・スターバック『宗教心理学』およびW・ジェイムズ『宗教的経験の諸相—人間性の研究—』を挙げることができる。この二著は、単に宗教心理学の学説史的な端緒として重要なだけでなく、その後に展開される諸研究の基本的な方法論に多大な影響を与えた点でも注目に値する。実際のところ、宗教心理学史は、先述の二著の着想や理論の具体的展開とも見ることができる。前者の『宗教心理学』は、回心と心的発達との関係を扱った大著であり、とりわけアンケート調査によって資料を収集し、それを統計分析するという、いわば定量分析的方法を取り入れた点で先駆的な研究であった。近年では、データ収集にせよ分析方法にせよ、より客観性と厳密性とが追求され、宗教や性差、年齢、学歴などの偏りのない母集団から得たデータを、統計学的に解析するという手法がとられている。この定量分析的方法は、心理学に軸足を置いた宗教心理学、つまり心理学者による宗教研究によく見られる。その一方で『諸相』は、豊富な手記資料にもとづいて個々の事例を詳述するという、いわば定性分析的な方法の起点となった。「人間性の研究」という副題にも示唆されるように、「健全な心」をもつ「一度生まれ」の人と「病める魂」をもつ「二度生まれ」の人という人間類型にもとづきつつ、プラグマティック(実用主義的)に宗教経験を捉えるという方法は、とくに『諸相』を特徴づけている。このジェイムズのアプローチは、とりわけ宗教学者によって高く評価され、この書は宗教学の古典的名著の一つに数えあげられている。このように『諸相』の評価が高いのも、それがそれ以降に展開される宗教心理学の諸学説の起点あるいは基礎となっているからである。例えば、「識閾下しきいきか」という概念を導入した回心説明は、フロイトやユングらによる「無意識」にもとづく宗教理解を先取りしていると言えるし、直接的には「コンプレックス」をめぐる葛藤に着目し宗教経験を論じたサウレスやサンクティスの精神分析学的な宗教研究の基礎となっている。また、ジェイムズによる人格の統合過程としてのプラグマティックな回心把握の系譜は、宗教もしくは宗教情操を人格統合の要と見なすオルポートやグレンステッドの人格心理学的な宗教研究、さらには回心悟り啓示といった「至高体験」を軸に据えつつ「自己実現」を説くマズローの人間性心理学と辿ることができる。このように宗教心理学は、およそ一世紀の間に学的な深まりと広がりとを見せているものの、それによって宗教が説明し尽くされたわけでは決してない。宗教心理学の探求は、依然として道半ばにあると言わねばならないであろう。

[研究者の主観性の問題]

ところでスターバックやジェイムズによる古典的研究以降、宗教心理学には、相異なる二つの学説的流れがあると言われている。一つは、心理学に軸足を置いた心理学的な宗教心理学、もう一つは宗教学に軸足を置く宗教学的な宗教心理学である。この二つの潮流は、さほど影響を及ぼし合うことなく、それぞれ別個に展開されてきた。したがって宗教心理学は、まず研究者の学問的背景によって、問題関心や方法論といった基本的性格を全く異にすると言える。また、研究者のもつ宗教に対する価値観も、その学説と決して無関係ではない。例えば、何らかの信仰をもつ研究者であれば、宗教を人間に不可欠な固有のものとして捉え、宗教の創造的で統合的な側面に着目するのに対して、宗教無関心あるいは反感を抱く研究者は、宗教を心理現象や社会現象へと還元し、宗教の病理的あるいは破壊的な側面を強調しがちである。具体的には、前者はジェイムズを起点とする人格心理学および人間性心理学による宗教研究、また後者はフロイトを起点とする精神分析学的な宗教研究、さらには生理学的な洗脳研究、社会心理学的なマインド・コントロール論などをそれぞれ挙げることができよう。このように、宗教心理学の諸研究が客観的な宗教把握を追究しながらも、そこには研究者の主観的な価値観が如実に反映されている点には、十分に留意しておく必要があろう。


【参考】エドウィン・スターバック著/小倉清三郎訳『宗教心理学』(警醒社書店、一九一五)、柳川啓一編『宗教学辞典』(東京大学出版会、一九七三)、ウィリアム・ジェイムズ著/桝田啓三郎訳『宗教的経験の諸相—人間性の研究—』上・下(岩波書店、一九九六)、島薗進・西平直編『宗教心理の探究』(東京大学出版会、二〇〇一)


【参照項目】➡回心


【執筆者:徳田幸雄】