「四十八壇の阿弥陀護摩」の版間の差分
提供: 新纂浄土宗大辞典
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しじゅうはちだんのあみだごま/四十八壇の阿弥陀護摩
護摩壇を四八基設え、それぞれに行者が本尊に阿弥陀仏を勧請して護摩を焚く修法のこと。『古今著聞集』二—五九には、承安二年(一一七二)三月一五日から三日間、平清盛が福原の和田浜あたりにおいて、後白河法皇御幸のもと、持経者千僧による法華経転読を修したという千僧供養の記事があり、その際、一連の行事として「また四十八壇の阿弥陀護摩もありけり」と併修されたことが伝えられている。四十八は阿弥陀仏の本願の数にちなむと解される。『阿娑縛抄』五三によれば、阿弥陀護摩は亡者のためにも見存の人のためにも修すものとされる(仏全三六・四一七上)。
【参考】西尾光一・小林保治校注『古今著聞集』上(新潮社、一九八三)、髙橋昌明「平清盛の対中国外交と大輪田泊」(神戸大学『海港都市研究』二、二〇〇七)、新谷尚紀『日本人の葬儀』(紀伊国屋書店、一九九二)
【執筆者:袖山榮輝】