「祝聖文」の版間の差分
提供: 新纂浄土宗大辞典
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− | 世の中が平和で、人民は安穏であるようにと願い唱える偈文。「<ruby>[[天下和順]]<rt>てんげわじゅん</rt></ruby> <ruby>日月清明<rt>にちがっしょうみょう</rt></ruby> <ruby>風雨以時<rt>ふうういじ</rt></ruby> <ruby>災<rt>さい</rt></ruby>厲<ruby>󠄂不起<rt> | + | 世の中が平和で、人民は安穏であるようにと願い唱える偈文。「<ruby>[[天下和順]]<rt>てんげわじゅん</rt></ruby> <ruby>日月清明<rt>にちがっしょうみょう</rt></ruby> <ruby>風雨以時<rt>ふうういじ</rt></ruby> <ruby>災<rt>さい</rt></ruby><ruby>厲<rt>れい</rt></ruby><ruby>󠄂不起<rt>ふき</rt></ruby> <ruby>国豊民安<rt>こくぶみんなん</rt></ruby> <ruby>兵戈無用<rt>ひょうがむゆう</rt></ruby> <ruby>崇徳興仁<rt>しゅうとくこうにん</rt></ruby> <ruby>務修礼譲<rt>むしゅらいじょう</rt></ruby>」。『[[無量寿経]]』下「[[五悪段]]」(聖典一・二七七~八、[http://jodoshuzensho.jp/jozensearch_post/search/detail.php?lineno=J01_0032 浄全一・三二])にある。天下は太平であり、日と月は清らかに明るく照らし、風と雨も時に応じ、災害と疫病も起きず、国は豊かに人々は安らかに過ごし、兵や武器を用いる争いごともなく、人々は徳を崇め仁を尊び、努めて礼儀と謙譲の道を修めます、という意。『[[法要集]]』では[[修正会]]、<ruby>勅諡<rt>ちょくし</rt></ruby>記念会、[[地鎮式]]、[[起工式]]、[[立柱式]]、[[上棟式]]、[[落慶式]]([[塔婆]][[回向]])、<ruby>撞初<rt>つきぞめ</rt></ruby>式に唱える[[回向文]]としている。また、[[落慶式]]等で立てる[[角塔婆]]・板[[塔婆]]、[[上棟式]]の[[棟札]]にはこの文を書く。昭和三六年(一九六一)の七五〇年[[御忌]]に<ruby>加諡<rt>かし</rt></ruby>された[[大師号]]である「和順」はこの文による。また、[[増上寺]]の[[三段式]]ではこの文を[[声明]]として唱えることがある。 |
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【執筆者:中野晃了】 | 【執筆者:中野晃了】 |
2021年11月22日 (月) 03:01時点における最新版
しゅくしょうもん/祝聖文
世の中が平和で、人民は安穏であるようにと願い唱える偈文。「天下和順 日月清明 風雨以時 災厲󠄂不起 国豊民安 兵戈無用 崇徳興仁 務修礼譲」。『無量寿経』下「五悪段」(聖典一・二七七~八、浄全一・三二)にある。天下は太平であり、日と月は清らかに明るく照らし、風と雨も時に応じ、災害と疫病も起きず、国は豊かに人々は安らかに過ごし、兵や武器を用いる争いごともなく、人々は徳を崇め仁を尊び、努めて礼儀と謙譲の道を修めます、という意。『法要集』では修正会、勅諡記念会、地鎮式、起工式、立柱式、上棟式、落慶式(塔婆回向)、撞初式に唱える回向文としている。また、落慶式等で立てる角塔婆・板塔婆、上棟式の棟札にはこの文を書く。昭和三六年(一九六一)の七五〇年御忌に加諡された大師号である「和順」はこの文による。また、増上寺の三段式ではこの文を声明として唱えることがある。
【執筆者:中野晃了】