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鵜飼光順

提供: 新纂浄土宗大辞典

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うがいこうじゅん/鵜飼光順

明治四〇年(一九〇七)三月二五日—平成六年(一九九四)一月三日。戒蓮社制誉真阿あざな無極むごく宗門功労者。島根県八束やつか郡美保関町諸喰もろか(現・松江市)に、三谷家の長男として生まれる。出雲神門寺かんどじ桑門秀我のもとで得度し、幼名みつを光順と改めた。昭和五年(一九三〇)佛教専門学校を卒業後、同八年大谷大学文学部仏教史学科(選科)を修了。またこの頃、塚本善隆に師事して浄土宗史研究に従事。同一一年一一月、鵜飼家に入籍して滋賀西徳寺に住した。のち京都西徳寺、さらに京都嵯峨釈迦堂清凉寺に転住し、国宝釈尊奉讃会を組織し、本堂大屋根替大修復を完成。兼ねて佛教専門学校教授、家政学園中高等学校校長、上宮学園高等学校太子中学校校長を歴任し、四〇年余りにわたって宗教教育ならびに体育振興に尽くした。同五四年勲四等瑞宝章を受け、平成元年度宗門功労者表彰。世寿八六歳。著書に『古寺巡礼 京都 清凉寺』(淡交社、一九七八)があり、没後、遺弟法縁により『鵜飼光順遺文集』(制誉上人遺文集刊行会、一九九六)が刊行された。


【執筆者:鵜飼光昌】