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順教

提供: 新纂浄土宗大辞典

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じゅんきょう/順教

寛文元年(一六六一)—享保二〇年(一七三五)一〇月二〇日。青蓮社到誉、あざなは速開。金戒光明寺三八世。丹波国酒井谷(兵庫県東部から京都府北西部にまたがる山間地域)の出身で、鴻巣勝願寺一八世の住職を経て、享保八年(一七二三)一二月に金戒光明寺三八世として進董。在任中の同一四年三月には、百万遍知恩寺が同寺所蔵の『一枚起請文』を法然真筆と称して公開しようとしたため、金戒光明寺所蔵のものこそ真筆であると宣揚し、両者の間で、訴訟問題にまで発展した。結局、黒谷側の主張が認められ、公開取り止めといった形で決着がついた。同二〇年一〇月二〇日、世寿七五歳にて遷化


【資料】『黒谷誌要』『鴻巣勝願寺志』(共に浄全二〇)、『浄源脈譜』(浄全一九)


【執筆者:井野周隆】