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「露地偈」の版間の差分

提供: 新纂浄土宗大辞典

 
 
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[[道場]]に入る前に[[後門]]([[裏堂]])で唱える偈文。「<ruby>降伏魔力怨<rt>ごうぶくまりきおん</rt></ruby> <ruby>除結尽無余<rt>じょけつじんむよ</rt></ruby> <ruby>露地撃[[犍稚]]<rt>ろじぎゃっかんち</rt></ruby> <ruby>[[菩薩]]聞当集<rt>ぼさつもんとうじゅう</rt></ruby> <ruby>諸欲[[聞法]]人<rt>しょよくもんぼうにん</rt></ruby> <ruby>度流[[生死]]海<rt>どるしょうじかい</rt></ruby> <ruby>聞此妙響<rt>もんしみょうこう</rt></ruby>音\_rおん\/\ <ruby>尽当雲集此<rt>じんとううんじゅうし</rt></ruby>」。出典は『増一[[阿含]]経』二四([http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT2018/V02.0676c.html 正蔵二・六七六下])とされるが、同経では「[[菩薩]]聞当集」が「[[比丘]]聞当集」に、また「雲集此」が「運集此」になっている(ただし宋版等は「雲」とする)。「諸の[[悪趣]]を除き、<ruby>[[犍稚]]<rt>かんち</rt></ruby>の音を聞き、[[菩薩]][[聖衆]]が集い給う。[[聞法]]する人は、[[生死]]の[[苦海]]を離れるために、この妙響の[[法音]]を聞くために雲のようにこの[[道場]]に集まる」の意。[[正伝法]]前伝([[要偈道場]])・正[[授戒]]等の際、[[喚鐘]]の後、この偈を唱える。[[句頭]]は[[犍稚]]を用いずに発声して、[[同音]]する。各句の最後の音を二拍にして発声する。その間、[[伝灯師]]、[[伝戒師]]は<ruby>[[右繞]][[三匝]]<rt>うにょうさんぞう</rt></ruby>する。
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[[道場]]に入る前に[[後門]]([[裏堂]])で唱える偈文。「<ruby>降伏魔力怨<rt>ごうぶくまりきおん</rt></ruby> <ruby>除結尽無余<rt>じょけつじんむよ</rt></ruby> <ruby>露地撃[[犍稚]]<rt>ろじぎゃっかんち</rt></ruby> <ruby>[[菩薩]]聞当集<rt>ぼさつもんとうじゅう</rt></ruby> <ruby>諸欲[[聞法]]人<rt>しょよくもんぼうにん</rt></ruby> <ruby>度流[[生死]]海<rt>どるしょうじかい</rt></ruby> <ruby>聞此妙響<rt>もんしみょうこう</rt></ruby><ruby>音<rt>おん</rt></ruby> <ruby>尽当雲集此<rt>じんとううんじゅうし</rt></ruby>」。出典は『増一[[阿含]]経』二四([http://21dzk.l.u-tokyo.ac.jp/SAT2018/V02.0676c.html 正蔵二・六七六下])とされるが、同経では「[[菩薩]]聞当集」が「[[比丘]]聞当集」に、また「雲集此」が「運集此」になっている(ただし宋版等は「雲」とする)。「諸の[[悪趣]]を除き、<ruby>[[犍稚]]<rt>かんち</rt></ruby>の音を聞き、[[菩薩]][[聖衆]]が集い給う。[[聞法]]する人は、[[生死]]の[[苦海]]を離れるために、この妙響の[[法音]]を聞くために雲のようにこの[[道場]]に集まる」の意。[[正伝法]]前伝([[要偈道場]])・正[[授戒]]等の際、[[喚鐘]]の後、この偈を唱える。[[句頭]]は[[犍稚]]を用いずに発声して、[[同音]]する。各句の最後の音を二拍にして発声する。その間、[[伝灯師]]、[[伝戒師]]は<ruby>[[右繞]][[三匝]]<rt>うにょうさんぞう</rt></ruby>する。
 
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【資料】『四分律行事鈔』
 
【資料】『四分律行事鈔』
 
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【執筆者:坂上典翁】
 
【執筆者:坂上典翁】

2020年7月16日 (木) 04:06時点における最新版

ろじげ/露地偈

道場に入る前に後門裏堂)で唱える偈文。「降伏魔力怨ごうぶくまりきおん 除結尽無余じょけつじんむよ 露地撃犍稚ろじぎゃっかんち 菩薩聞当集ぼさつもんとうじゅう 諸欲聞法しょよくもんぼうにん 度流生死どるしょうじかい 聞此妙響もんしみょうこうおん 尽当雲集此じんとううんじゅうし」。出典は『増一阿含経』二四(正蔵二・六七六下)とされるが、同経では「菩薩聞当集」が「比丘聞当集」に、また「雲集此」が「運集此」になっている(ただし宋版等は「雲」とする)。「諸の悪趣を除き、犍稚かんちの音を聞き、菩薩聖衆が集い給う。聞法する人は、生死苦海を離れるために、この妙響の法音を聞くために雲のようにこの道場に集まる」の意。正伝法前伝(要偈道場)・正授戒等の際、喚鐘の後、この偈を唱える。句頭犍稚を用いずに発声して、同音する。各句の最後の音を二拍にして発声する。その間、伝灯師伝戒師右繞三匝うにょうさんぞうする。


【資料】『四分律行事鈔』


【執筆者:坂上典翁】