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義山

提供: 新纂浄土宗大辞典

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ぎざん/義山

慶安元年(一六四八)—享保二年(一七一七)一〇月一三日。禅蓮社信阿円観あざなは良照。江戸時代の学僧。宗学・宗史の研究に尽力した。特に『翼賛』六〇巻の編者として有名。京都生まれ。父は三魔宣次、母は吉田氏。寛文二年(一六六二)大和郡山の光伝寺に入って出家し、翌年江戸増上寺で吞誉に従って修学するが、間もなく下野国大沢円通寺聞証の室に入って研鑽を積んだ。やがて師聞証とともに武蔵国岩槻浄国寺に移って上首となり、聞証にかわって俱舎・因明唯識などを講義し、多くの学徒を養成。天和三年(一六八三)京都へ帰り、東山華頂山麓の入信院に住み、往生浄土行業に励みながら講学や著述に専念した。そうした中、宗典類に誤りが多いことを嘆き、それらの訂正を志し、諸方に善本を求めて原典批判を行い、句読点や訓点を改め、四声清濁を加えて出版した。彼の校訂による典籍は、三経一論五部九巻をはじめとして『往生論註』『安楽集』『群疑論』『選択集』『漢語灯録』『和語灯録』など多数にのぼり、初学者に便宜を与えた。また、つねに学徒の啓蒙を楽しみ、名利のためには一句も講じなかったといわれる。義山の顕著な業績は宝永元年(一七〇四)になされた『翼賛』六〇巻の刊行である。これは『四十八巻伝』を校正し注解を施したものである。この事業は、師聞証の教示により、義山が原本と対校し、法弟円智が注解を担当したが、円智は業半ばで病没したため義山がそれを引き継いで完成させた。内容は、事義・地理・寺院・人物・書目の五項目に分けて考証しており、従来の固執的・護教的な伝記研究に対し、実地調査をするなど、実証的方法によって法然伝の注解を行ったことが高く評価されている。これに関連する著書に『御伝翼賛遺事』がある。享保二年洛西華開院に没。著書は他にも『無量寿経随聞記』『観無量寿経随聞記』『阿弥陀経随聞記』『一枚起請文弁述』『当麻曼荼羅述奨記』『鎮西聖光上人香月系譜』『袋中上人伝』『和語灯録日講私記』等多数ある。


【資料】『洛東華頂義山和尚行業記幷要解』(浄全一八)、『続日本高僧伝』二(仏全一〇四)


【参考】松永知海「書師岡村元春と義山版」(『佛教大学総合研究所紀要』別冊、二〇〇二)、藤堂祐範「義山上人の墨蹟と小松谷の開創」(『浄土教文化史論増補新版』山喜房仏書林、一九七九)


【参照項目】➡義山和尚行業記


【執筆者:𠮷水成正】