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林彦明

提供: 新纂浄土宗大辞典

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はやしげんみょう/林彦明

明治元年(一八六八)五月五日—昭和二〇年(一九四五)九月九日。白蓮社香誉念阿。あざなは楳樹、号は帰堂。百万遍知恩寺六九世。大僧正司教勧学としていずれの分野でも活躍、近代日本の浄土宗政、仏教学、内外布教、人材育成に貢献した。滋賀県栗太郡六地蔵村梅乃木(現・栗東市六地蔵)に生まれ、同県甲賀郡朝宮村(現・甲賀市信楽町上朝宮)誓光寺の晃誉明山について得度。明治一五年(一八八二)知恩院山内西部大学林に学び、翌年上京して、同二六年浄土宗学本校専門科唯識部を卒業。同三二年宗学部長に就任、同三六年沼津の乗運寺に入山して自坊とする。昭和五年(一九三〇)百万遍知恩寺法主晋董、同九年法主を引退して、翌年日華仏教研究会を発足させ幹事長となり、日中仏教徒提携に尽力した。同二〇年訪中時に病を患い帰国。乗運寺で静養するも、寺は空襲で全焼、同年九月九日自坊において遷化。著述に『転識論の研究』(一九三四)、『大乗起信論の新研究』(一九四五)、校訂書に『三巻七書解題』(一九三八)など多数。


【参考】『楳樹追想』(乗運寺、一九五一)、安居香山『林彦明の思想と行動』(『櫛田博士頌寿記念 高僧伝の研究』山喜房仏書林、一九七三)、大橋俊雄『浄土宗人名事典』(斎々坊、二〇〇一)


【執筆者:竹内真道】