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普礼伽陀

提供: 新纂浄土宗大辞典

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ふらいかだ/普礼伽陀

三宝礼拝する意を表す伽陀。「我此道場如帝珠がしどうじょうにょたいしゅ 十方三宝影現中じっぽうさんぼうようげんちゅう 我身影現三宝がしんようげんさんぼうぜん 頭面接足帰命ずめんせっそくきみょうらい」。この道場を真実の荘厳で飾り、十方三宝が影の如くに現れる中、我が身をその前に投じて五体投地して心より礼拝するの意。湛然『法華三昧行事運想補助儀』(正蔵四六・九五六上)の礼仏作法の偈の一部に「十方三宝」を「釈迦牟尼」、「三宝前」を「如来前」とした文句がある。最澄『長講金光明経会式』(正蔵七四・二五六上)の「参堂三礼頌」には、「十方三宝」を「十方諸仏」、「三宝前」を「諸仏前」として用いている。同文の偈を『法華懺法』(正蔵七七・二六五上)では、三宝礼拝供養文として唱える。声明としては『魚山声明集』(正蔵八四・八一四上)の伽陀の最初に載る。総礼偈・総礼伽陀と題されていたが、『浄土苾蒭びっしゅ宝庫』下で「普礼伽陀」(八ウ)と偈題する。明治四三年(一九一〇)の『浄土宗法要集声明』では夕座の伽陀に指示がある。縁山声明では「我此道場」として伝わっているが、その場合は前の二句を唱える。


【参照項目】➡我此道場


【執筆者:巖谷勝正】