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提供: 新纂浄土宗大辞典

 
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2018年3月30日 (金) 06:24時点における最新版

しょうおん/承遠

唐・太極元年(七一二)—貞元一八年(八〇二)。漢州綿竹県(四川省)の出身。『仏祖統紀』には蓮社七祖中の三祖と伝える。はじめ故郷にて古典を学ぶが不満を抱き、仏道を志して成都の処寂の門に入る。二四歳のとき玉泉寺の恵真により剃髪出家して天台教義を修める。恵真のすすめで律学の中心地であった南岳に赴き、具足戒を受けて持戒堅固の生活をおくった。数年の後、慈愍三蔵慧日との交流により、一転して浄土門に帰入。天宝元年(七四二)、南岳に帰って念仏道場(弥陀台、弥陀寺)を建立し、専ら念仏行の実践に邁進した。著作は一つも残していないが、門下に法照や日悟など数千人がおり、浄土教を僧俗に広く教化した。


【参考】塚本善隆『唐中期の浄土教』(法蔵館、一九七五)


【執筆者:工藤量導】