操作

古今楷定

提供: 新纂浄土宗大辞典

ここんかいじょう/古今楷定

観経』の注釈に対する善導自身の立場を表明した一語。『観経』は隋代になって浄影寺慧遠じょうようじえおん吉蔵が『観経義疏』を撰述した頃から本格的な研究が始まったものと考えられるが、慧遠吉蔵当時、『観経』は精神集中を目的とした禅観系の経典として理解される傾向が強く、また『観音授記経』などを典拠として阿弥陀仏寿命は「無量寿」とはいえ限界があるものとし、阿弥陀仏応身として捉えていた。また善導よりやや先行する迦才は、『摂大乗論』などを典拠として二乗凡夫が見ることの可能な仏身は化身であるから、凡夫化土にしか往生できないという学説を主張していた。また善導と同時代に活躍した玄奘は「凡夫が次の生において阿弥陀仏報土往生することは不可能である」という見解を提示し、自らは弥勒信仰を提唱した。これら諸説に対して善導は『観経疏』の末尾で「それがし今この観経の要義を出して古今を楷定せんと欲す(私は今こそこの『観経』の教えの枢要を書き出し、従来、そして現在の『観経』理解のすべてを改める)」(聖典二・三二五/浄全二・七二上)と言い、自説こそが最も正しい『観経』理解であるとともに、『観経』の正しい真意であることを主張している。


【執筆者:柴田泰山】