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J3040 筑後善導寺誌要 善導寺編 画像

続浄の割書は、青字で小さく表示。

巻_頁段行 本文
J20_0442A01: 命を蒙むりて世に流布せず是を以て世に聞ふるあり
J20_0442A02: と雖も人の寫すものなし汝は法器の仁なり須らく我
J20_0442A03: が法を傳ふべし密に斯の書を寫し以て末代に弘通せ
J20_0442A04: よと國師上人の附屬を受けて感激極まらず直に筆寫
J20_0442A05: の功を訖ふ凡そ日日の參學曾て懈怠なく啻に淨土の
J20_0442A06: 法門を聞くのみにあらず兼て亦天台華嚴三論達磨菩
J20_0442A07: 薩戒等の餘宗に涉る適適眞觀法師國師に諭して曰は
J20_0442A08: く連日上人に覲へ奉り談義刻を移さば老體必ず窮屈
J20_0442A09: し給はん今より以後二日に一參最も然るべしと之に
J20_0442A10: 依りて國師一日不參するに暮天に及で上人使を遣は
J20_0442A11: し告げしめて曰はく今日遲參何の障ありや今法門を
J20_0442A12: 談ぜんと欲す宜しく疾く來るべしと國師上人傳法の
J20_0442A13: 志深きを識り感涙を抑へ即時に參學せりと云ふ以て
J20_0442A14: 如何に器重せられたるかを見るべしかくて研學六年
J20_0442A15: の星霜を經元久元年八月上旬東山の學窓を辭して鎭
J20_0442A16: 西の舊里に歸り稱名念佛の法を弘むるに道俗歸する
J20_0442A17: もの二千餘人男女從ふもの其の數を知らず甞て筑後
J20_0442B18: 國山本の郷に一伽藍を建て光明寺と號す今の善導寺
J20_0442B19: 是れなり堂塔甍を比べ僧徒林を成し長日の勤行恆例
J20_0442B20: の大會日を繼ぎて懈らず年を逐ふて絶ゆることなし
J20_0442B21: 安貞二年肥後國往生院に於て四十八日別時念佛を修
J20_0442B22: し末代念佛授手印を造りて始めて血脈を立つ寬喜二
J20_0442B23: 年七月廿八日一字に三禮し香を燒き華を散して阿彌
J20_0442B24: 陀經一卷を書し臨終の持經に擬す嘉禎三年徹選擇集
J20_0442B25: 二卷を作り以て相傳の義を昭にす同年十月病あり翌
J20_0442B26: 年正月二日頸下に腫を生ず同十五日未時門弟をして
J20_0442B27: 稱名せしめ聽聞して落涙し因て看病の弟子に告げて
J20_0442B28: 曰はく極樂の聖衆半天に塞がると又示して曰はく來
J20_0442B29: 迎讚に云はく念佛三昩現前と此の句肝要なりと告げ
J20_0442B30: 已りて廣く念佛の功德を説き給ふこと宛として平日
J20_0442B31: の如し同廿三日看病者に告げて曰はく佛今來現すと
J20_0442B32: 門弟問ふて曰はく何の佛ぞや答へて曰はく阿彌陀佛
J20_0442B33: なりと同廿九日又告げて曰はく我れ終夜念佛するに
J20_0442B34: 佛我に示して言はく汝既に成佛すと二月廿二日夢中

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