浄土宗全書を検索する
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巻_頁段行 | 本文 |
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J20_0406A01: | 雲光院尼公權大納言局及ひ宮女達の創する所。 |
J20_0406A02: | ○蓮華堂 御影堂の北に在り桁行二間梁行一間二尺 |
J20_0406A03: | 南面瓧葺也。元と羅漢堂と稱し延寶年中三門發願 |
J20_0406A04: | の時釋尊を始め羅漢の像を刻して此に安置せしが |
J20_0406A05: | 三門落成し其像を樓上に移すに及ひ之を門末信徒 |
J20_0406A06: | の納骨所と定め蓮華堂と改む。 |
J20_0406A07: | ○茶所 御影堂の前庭西邊にあり桁行四間梁行三間 |
J20_0406A08: | 五分東面瓧葺也。萬延元年の建立なり。 |
J20_0406A09: | ○浴室 西門通北側にあり。桁行五間半梁行三間南 |
J20_0406A10: | 面瓧葺也。元と經藏の下金光院の前にあり後ち今 |
J20_0406A11: | の地に移す。今の建物は萬延元年の改修なり。 |
J20_0406A12: | ○塔頭 德川氏の中世には當山塔頭三十二格庵十八 |
J20_0406A13: | を算す。其後ち廢絶若くは合併移轉せるものあり |
J20_0406A14: | て現存するもの二十宇あり。即ち西總門通の南側 |
J20_0406A15: | に上雲院光安軒善敎院淨源院。北側に超覺院西住 |
J20_0406A16: | 院(浴室)瑞泉院長安院あり。超覺西住の後ろに西 |
J20_0406A17: | 翁院永運院あり。中に於て西翁院には藤村庸軒建 |
J20_0406B18: | つる所の淀看茶席あり。長安院には桃山城の遺物 |
J20_0406B19: | 手洗鉢石井筒を存す。又三門の東に常光院金光院あり。 |
J20_0406B20: | 兜之池の南に蓮池院あり熊谷蓮生法師止住念佛の |
J20_0406B21: | 舊跡といふ。又勢至堂の南に松樹軒淸心院。紫雲 |
J20_0406B22: | 石の傍に西雲院あり。北門通の東側に榮攝院。西 |
J20_0406B23: | 側に顯岑院龍光院あり。 |
J20_0406B24: | ○墓地 當山の境域は元と中山と稱し。其の北境を |
J20_0406B25: | 栗原と呼ひ本朝最古の荼毘所文武帝の時道照和尚を此地は火葬すたるを |
J20_0406B26: | 以て古來此附近に墳墓を定むるもの多し。其荼毘 |
J20_0406B27: | 所俗に三昧場といふは元と北門の外眞如堂に通する所に在り |
J20_0406B28: | 當山の子院之を管す。寬文十年官命により山東 |
J20_0406B29: | 文殊塔の東北に移し。明治三年之を廢す。 |
J20_0406B30: | 現今極樂橋の東より御影堂の北に至る全山は殆ん |
J20_0406B31: | と墓石を以て充塞せらる。中に於て貴族名家の墳 |
J20_0406B32: | 墓亦尠からす今繁を恐れて此に載せす。 |