ウィンドウを閉じる

J2810 華頂誌要 華頂山編 画像

続浄の割書は、青字で小さく表示。

巻_頁段行 本文
J19_0214A01: 合一ケ所有者在所者御基山之内也繪圖傍系別紙有之
J19_0214A02: 右當院爲山林請申所實正也、但爲御本役、毎年
J19_0214A03: 一石宛可致進納、若不法懈怠在之候者、右之
J19_0214A04: 山可被召上者也、仍請狀如件
J19_0214A05: 知恩院
J19_0214A06: 天正十九年十二月十日 當納所九然(判)
J19_0214A07: 行者相模(判)
J19_0214A08: 廳務大藏卿參ル
J19_0214A09: 一秀吉公朱印二百四十六石七斗二升 文祿二年九月十三日
J19_0214A10: 知行方目錄
J19_0214A11: 一參拾貳石七斗 土居堀成替地 城州 西 院 内
J19_0214A12: 一貳拾九石貳斗參升本知 同 佛光寺内
J19_0214A13: 一四拾七石七斗 山科替地 同 岡 崎 内
J19_0214A14: 一三拾七石 本知 同 淨土寺内
J19_0214A15: 一參拾五石貳斗 同 同 粟田口村
J19_0214A16: 一六拾壹石八斗 同 同 大佛屋敷替祇 園
J19_0214A17: 一三石九升 四條五條之間
J19_0214B18: 合貳百四拾六石七斗貳升
J19_0214B19: 右可全寺納候也
J19_0214B20: 文祿二年九月十三日○
J19_0214B21: 知恩院
J19_0214B22: 一增上寺請書 慶長二年九月廿七日
J19_0214B23: 謹而言上、抑增上寺門家出世之事、從百萬遍或
J19_0214B24: 新黑谷等申請儀、爲曲事之間、〓前之 御綸
J19_0214B25: 旨ヲ令毀破、從御本寺知恩院被遂奏聞、改
J19_0214B26: 被下 御綸旨爲正可令頂戴候、向後も自余
J19_0214B27: 之以手次申請輩於有之者、永令擯出止參
J19_0214B28: 會、國主御理申、彼寺家ヲ可令退出候、仍
J19_0214B29: 爲後證狀右粗言上
J19_0214B30: 慶長二 九月廿七日 增上寺源譽(花押)
J19_0214B31: 進上知恩院
J19_0214B32: 御侍者中
J19_0214B33: 一德川家康公朱印 慶長八年十月六日
J19_0214B34: 知恩院領之事

ウィンドウを閉じる