浄土宗全書を検索する
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巻_頁段行 | 本文 |
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J18_0572A01: | 授を要む上人遁れて處靜院に入り又淸淨心院に隱る |
J18_0572A02: | 然れども尚ほ大衆追隨して講筵虚日なし會ま兩國回 |
J18_0572A03: | 向院主席を虚うす檀信擧て上人に歸依し懇請至誠に |
J18_0572A04: | 出つ上人遂に之に應す自ら嘆して曰く予曾て以爲ら |
J18_0572A05: | く生涯必ず檀家あるの寺院に住すへからすと然るに |
J18_0572A06: | 今本院に主たらざるを得ず蓋し業報の然らしむる所 |
J18_0572A07: | また如何ともすること能はずと幾くもなく明治維新の |
J18_0572A08: | 運に當る諸宗碩學共同して一社を結び同盟會と曰ふ |
J18_0572A09: | 乃ち上人を推て敎頭となす尋て大敎院建つ又敎頭 |
J18_0572A10: | となる遂に傳通院に遷り增上寺に進み大敎正に補す |
J18_0572A11: | 時に明治十二年なり當時都下篤志の居士等各宗管長 |
J18_0572A12: | 等と胥謀り弘敎書院を興し大藏經校訂縮刷の擧あり |
J18_0572A13: | 乃ち上人を推して同院の貫首となす十八年の冬を以 |
J18_0572A14: | て其功を奏す十九年三月微恙あり深川本誓寺の隱房 |
J18_0572A15: | に遁る然れども佛天なほ未た光を鞱むを許さす翌年 |
J18_0572A16: | 四月總本山知恩院門主となる乃ち淨土一宗の管長と |
J18_0572A17: | して數千萬の門末檀徒を調御し盛んに祖風を扇揚す |
J18_0572B18: | ること殆んど一年此年十二月病に罹る廿一年一月傳宗 |
J18_0572B19: | 傳戒の要領を述作して後鑑に貽す三月に至て稿成 |
J18_0572B20: | る名て傳語と曰ふ四月病いよいよ重し然れどもなほ |
J18_0572B21: | 例規に依て祖忌を修す廿五日は其當日なり上人斯日 |
J18_0572B22: | 正午頭北面西右脇に臥し掩然眠るが如く正念往生 |
J18_0572B23: | の素懷を遂けられたり世壽八十三舍利を得て本山に |
J18_0572B24: | 葬る上人行解相應して德望諸宗に冠たりしか如きは |
J18_0572B25: | 今敢て贅言せす天性頴敏活達にして顏容甚た溫和言 |
J18_0572B26: | 行拘はる所なく灑灑落落逍遙自在人呼て羅漢行誡と |
J18_0572B27: | 稱す上人また諸大阿羅漢を尊信し曾て俗弟子菊池容 |
J18_0572B28: | 齋の畵きたる五百應眞を得て毎年春秋さかむに之を |
J18_0572B29: | 供養す然れ共敢て儀式を設けず恰かも花前月下に賓 |
J18_0572B30: | 客を招きて倶に歡を盡すか如き景情あり上人籍を淨 |
J18_0572B31: | 門に掛て而も其貫首たりと雖も固より宗派の見あら |
J18_0572B32: | ず常に葛城慈雲尊者の宗風を學び十善法語を講演す |
J18_0572B33: | ること數回に及ぶ故に諸宗の緇素皆仰て以て釋門全 |
J18_0572B34: | 體の泰斗となす即ち禪林の奕堂環溪獨園諸老日宗の |