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J2760 略伝集 本会 画像

続浄の割書は、青字で小さく表示。

巻_頁段行 本文
J18_0520A01: に委くせす。此の時に當つて芝山に妙譽定月大僧正
J18_0520A02: あり。亦た絶代の名匠なり。夙に師か才學を欽し。千
J18_0520A03: 里を遠しとせす。屢は師を江戸に召し待つに賓客の
J18_0520A04: 禮を以てす。師猿鶴の哂を怕ると雖も時に亦た龍象
J18_0520A05: に參つて虎溪を出つ。僧正の選獅子絃の如き文勢を
J18_0520A06: 以て之を推すに師か潤飾に預る多きを疑はす。唱和
J18_0520A07: の詩歌悃欵の情を想ふべし『秋霜昨夜滿江城 西
J18_0520A08: 望函山雪色淸 雲路飄然飛錫去 孤猿啼送故人
J18_0520A09: 情』送孤立道人西歸『草かれてさひしき旅の衣手に露の惠の
J18_0520A10: かかれとそ思ふ』上妙譽大僧正師の江都に往くや姥池愛蓮
J18_0520A11: 庵に寓し武藏野の草端房と稱す。蓋し淸女の木のは
J18_0520A12: しのやうに思はるるよの語に取る歟。安永二年愛蓮
J18_0520A13: 菴に在り。遊芝談を造して普寂律師を指彈し盛んに
J18_0520A14: 論鼓を鳴す。爾時高齡六十六。以て其老て益す壯な
J18_0520A15: るの意氣を見るへし。是より先き性惡論を述して律
J18_0520A16: 師を貶挫し扶宗編を選して關通和尚を痛斥す。其立
J18_0520A17: 義を評破するや微を穿ち細に入り鑿鑿肯綮を衝く。
J18_0520B18: 二師亦た命世の偉器。意ふに必す其説あらん。但大
J18_0520B19: 人の相爭ふ往往内鑑冷然たるものあり漫に後世白面
J18_0520B20: 小子の私議を容ささるなり。然と雖も是に由て亦以
J18_0520B21: て師か稜稜の氣韻死に至るまて且つ銷磨せさるを覯
J18_0520B22: つへきなり。師曾て夢菴に壁書す『夢の世に夢のい
J18_0520B23: ほりを結ふ夢さめなは夢と見しも夢かも』今や果然
J18_0520B24: 師が夢覺の時は到來せり矣。然とも師は那れの處に
J18_0520B25: 在て而も其臥榻を踏破し了せしか。其窀穸の地も亦
J18_0520B26: た杳として尋ぬへからす。正法寺の靈名簿は。天明二
J18_0520B27: 年八月十五日圓寂す世壽七十四歳と注する而已。或
J18_0520B28: は傳ふ顧命に由り鱗族結縁の爲に綾瀨の下流に水葬
J18_0520B29: すと。果して然るか然らさるか是れ必すしも問ふを
J18_0520B30: 要せさるなり。夫れ五蘊假合して生を蜉蝣に禀く産
J18_0520B31: れて父母なく死して墓田なし。是れ師か孤立生涯の
J18_0520B32: 終始を一貫するもの。天來の面目本地の風光活潑潑
J18_0520B33: 地にして千載生氣ある所以なり。嗚呼師も亦た曠世
J18_0520B34: の奇傑なる哉。

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