浄土宗全書を検索する
AND検索:複数の検索語をスペースで区切って入力すると、前後2行中にそれらを全て含む箇所を検索します。
巻_頁段行 | 本文 |
---|---|
J17_0053A01: | 本朝祖師傳記繪詞卷第一 |
J17_0053A02: | |
J17_0053A03: | 蓋以、三世に多の佛出給、若干の衆生をすくひまし |
J17_0053A04: | ます。減劫の千佛第四番、南州中印土淨飯王の御宇、 |
J17_0053A05: | 癸丑歳七月十五日、后の夢に、金色天子、白象に乘 |
J17_0053A06: | て、右脇に入給と見て、次年甲寅四月八日、佛出胎の |
J17_0053A07: | 時、寶蓮、御足を承て、七步行給。偈曰、天上天下、 |
J17_0053A08: | 唯我獨尊、三界皆我當安之文是振旦には、周昭王、 |
J17_0053A09: | 日本には、彥波瀲鸕草葺不合尊八十三萬四千三十六 |
J17_0053A10: | 年甲寅相當。再往事を顧ば、悉達太子十九にして踰城、 |
J17_0053A11: | 三十にして成道し給て、一代五時の説法しげしとい |
J17_0053A12: | へども、聞はきけども、達物ハすくなく、傳ものは |
J17_0053A13: | あれども、さとれる物はまれなり。此故に末代の我 |
J17_0053A14: | 等がために、阿難を唱導として、佛敎を復せしむる |
J17_0053A15: | に、面如淨滿月、眼若靑蓮華。佛法大海水、流―入 |
J17_0053A16: | 阿難心。云云生身の佛にかはらず、三十二相を具し、 |
J17_0053A17: | 四辯八音あざやかにして、辯泉露を洩さず、懸河早 |
J17_0053B18: | 漲。これを梵王字を製して、一千の羅漢筆をそめて、 |
J17_0053B19: | 一點を不落記し給えるを、正法千年は、五天竺にさ |
J17_0053B20: | かりにして、しな國には、漢明帝に、摩騰迦葉、法 |
J17_0053B21: | 蘭、優陀王宮に現じ給し白Gの佛像を迎たてまつる |
J17_0053B22: | に、佛像大光明をはなち給、永平七年甲申也。同十年 |
J17_0053B23: | 丁卯白馬寺を立。然後四百八十餘年すぎて、欽明天王 |
J17_0053B24: | 御時、厩戸王子壬申十月、百濟國の聖明王、釋迦金銅 |
J17_0053B25: | 像、經卷を奉送之刻、四天王寺を建立す。それより |
J17_0053B26: | 以降、聖武天王、東大寺ヲ鑄造して、佛法興隆、粗 |
J17_0053B27: | 如來在世にことならずして、ややひさしくなりにけ |
J17_0053B28: | る。いま先師上人、念佛すすめ給える由來を、畫圖 |
J17_0053B29: | にしるす事しかり。于時嘉禎三年丁酉正月廿五日、沙 |
J17_0053B30: | 門躭空記之。 |
J17_0053B31: | 如來滅後二千八十二年、日本國人皇七十五代 |
J17_0053B32: | 崇德院長承二年癸丑美作國久米押領使漆間朝 |
J17_0053B33: | 臣時國一子生ずるところ。 |
J17_0053B34: | 誕生の圖 |
J17_0053B35: | 諸佛の世を利し給、機に隨て益をほどこし、日月の |