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J2310 円光大師行状画図翼賛 円智・義山 画像

続浄の割書は、青字で小さく表示。

巻_頁段行 本文
J16_0735A01: 年三十六山家記云嘉祥元戊辰年九月改草庵造營
J16_0735A02: 一宇圖畫三像木像聖觀音共奉遷入同九月三日供
J16_0735A03: 養本願主圓仁五十五導師光定七十咒願安惠五十五左右引
J16_0735A04: 頭惠亮三十七右散華圓珍三十五南北高德總十四口盛衰記
J16_0735A05: 云橫川ノ中堂ハ慈覺大師歸朝ノ時惡風ニ放タレシ
J16_0735A06: ニ觀音海上ニ現シ不動毗沙門艫舳ニ現ス赤山明神
J16_0735A07: 簑笠ヲ着給ヒ弓箭ヲ把テ守護シ給ヘリ彼三躰ヲ移
J16_0735A08: シテ本尊トシ明神ヲハ西坂本ニ崇タリト今考ルニ不動ハ後代慈
J16_0735A09: 惠之所安スル也山門三院記云首楞嚴院根本觀音堂在砂碓
J16_0735A10: 堂西葺檜皮七間堂一宇前ニ有孫庇安置聖觀音像一躰
J16_0735A11: 不動毘沙門像各一躰右慈覺大師入唐求法之後解
J16_0735A12: 纜浮舶之間忽逢大風將沒西海念彼觀
J16_0735A13: 音力現毘沙門身大師即使畫圖彼像風靜波
J16_0735A14: 平須臾着岸歸山之後建立一堂安置觀音像毘沙
J16_0735A15: 門像依彼海上願所被果遂也住山者筆記ニ云ク傳敎大師欲シテ安セント橫川ニ
J16_0735A16: 造ル彌陀ヲ然ニ覺大師替ルニ之ニ以ス觀音ヲ二師之素意焉ソ可ンヤ測ル之ヲ乎叡岳要記云天延三年正月
J16_0735A17: 一日慈惠大師改造橫川中堂兼奉造等身不動明
J16_0735B18: 王像設大會奉開眼供養導師增恒佛師明定云
J16_0735B19: 今考ルニ此ノ堂草創嘉祥元年ヨリ天延三年ニ至テ凡百廿七年歟新古今ニ少將高光橫川
J16_0735B20: ニノホリテカシラオロシ侍ニケルヲキカセ給テツ
J16_0735B21: カハシケル天曆御歌都ヨリ雲ノヤヘタツ奧山ノヨ
J16_0735B22: 川ノ水ハスミヨカルラン新勅撰ニ高光ヨ川ニ侍ケ
J16_0735B23: ルニトフラヒマカリテ讀侍ケル東三條入道攝政太
J16_0735B24: 政大臣君カ住ヨカハノ水ヤマサルラン泪ノ雨ノヤ
J16_0735B25: ムヨナケレハ
J16_0735B26: ●根本水 中堂ノ北ニアリ慈覺大師如法經始行ニ所
J16_0735B27: 用也如法水ト名ツク第九卷ノ事義ニ注シヌ
J16_0735B28: ●如法堂 釋書慈覺傳云天長十年年四十身疲眼昏思
J16_0735B29: 命不久於叡山北磵結艸菴屏居三年修練待
J16_0735B30: 溘然夜夢天人與藥其形似瓜割食半片其味如
J16_0735B31: 蜜有一人告曰是忉利天妙藥也覺而口中有餘
J16_0735B32: 味然後羸形更健昬眸益明於是以石墨艸
J16_0735B33: 筆書妙法華且修四種三昧以所書經藏小
J16_0735B34: 塔置一菴名如法堂其菴今之首楞嚴院也山門

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