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J2310 円光大師行状画図翼賛 円智・義山 画像

続浄の割書は、青字で小さく表示。

巻_頁段行 本文
J16_0686A01: 更ニ懺悔念佛セスハ順次ノ往生遂カタク候歟上人
J16_0686A02: 請文云此義神妙ニ候乃至一念無有疑心ノ釋ハ上盡
J16_0686A03: 一形下至十聲等ニテモ决定往生スヘシト信スヘキ
J16_0686A04: 文ナリ雖然一念ノ後又稱念セスナラヒニ犯罪セハ
J16_0686A05: ナヲ决定往生ト信スヘキニアラス如此信候ハ一
J16_0686A06: 重深心ニ似タリトイヘトモ還テ邪見ト成候歟近來
J16_0686A07: 此邪見ニ住スル輩多候也ト云云●若ハ先世ノ因ニム
J16_0686A08: クヒタルスカタナリトハ是死苦ノ上ヲ云ナリ斷末
J16_0686A09: 摩ノ苦ハ一切衆生果報ノ上ノ定リナリ
J16_0686A10: しかるに當世かの門流と號する中に多念を功勞すべ
J16_0686A11: からす。臨終を沙汰すへからすといふ人も侍にや。
J16_0686A12: 此義すでにかの消息記錄等に違するうへは。これま
J16_0686A13: たく善惠房の義にあらす。末學の今案なり。流のに
J16_0686A14: ごれるをききて。みなもとのすめるを。うたがふこ
J16_0686A15: となかれ。
J16_0686A16: 畫圖
J16_0686A17: このひじりは。ことに恭敬修を專にして。不淨のとき
J16_0686B18: は。四十八度なんど手をそ洗ける毎月十五日には。か
J16_0686B19: ならす廿五三昧を行じて見聞の亡者をとふらひ。有
J16_0686B20: 縁無縁をいはず。早世の人あればこれをわすれす。
J16_0686B21: 忌日にはかならす阿彌陀經をよみ念佛して。ねんご
J16_0686B22: ろに廻向し。談義のをはりにも。同音の阿彌陀經念
J16_0686B23: 佛さだまれる式なり。毎日に淨土の三部經を讀誦
J16_0686B24: し。名號六萬遍をとなへて。半夜に及まて睡眠せ
J16_0686B25: ず。曉更には法門を暗誦して。佛號をとなへ給事を
J16_0686B26: こたりなかりき。天福二年九月十四日の夜。沙門源弘
J16_0686B27: ゆめみらく。善惠房は。十一面觀音の化身なり。か
J16_0686B28: の門徒は。かならす十一面觀音の像を。一寸八分に
J16_0686B29: つくりて。安置すへしと。委旨在夢記
J16_0686B30: ●天福ハ四條院年號ナリ二年ニ改元アテ文曆ト云●源弘未詳●夢記未見本文別傳ニ諸人ノ夢ヲ載今傳文ト同シ
J16_0686B31: ●廿五三昧ハ本涅槃經ヨリ出テ二十五有ヲ破スト
J16_0686B32: 止觀ノ二ノ二玄義ノ四ノ一イヘリ第四十三ニ注シヌ●式ハ取法也
J16_0686B33: 字彚常ニ用ヰテ改マラヌ作法ヲ云第廿七卷ニ注シヌ

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