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J1340 一枚起請但信鈔 隆長 画像

続浄の割書は、青字で小さく表示。

巻_頁段行 本文
J09_0108A01: るに・巢に卵子あり・其母愛惜し・襁褓を以て子に
J09_0108A02: 覆ふ・翮を開けども飛び去らす・此の人悲心を發し
J09_0108A03: て・弓を切り矢を投け髻を刎つて出家す・蔬食布衣
J09_0108A04: 頭陀苦行し禮拜懺悔を業とす・穢惡を厭離し・淨刹
J09_0108A05: を欣求し・晝夜勤行し・佛名を唱ふ・行年六十一・
J09_0108A06: 壽終るの期を知り・合掌して西方に向ひ・佛を禮し
J09_0108A07: て往生す・日比放逸なりし人も・心を翻して眞に歸
J09_0108A08: し念佛すれば・往生せずと云事なし・一生造惡の人
J09_0108A09: も・臨終の夕べ初て念佛するに往生をとぐ・又此の
J09_0108A10: 如きの説を聞き・終焉の時をのみ賴んで常に念佛を
J09_0108A11: 申さぬ人あり・是を大なる失とす・此の事を群疑論
J09_0108A12: に具に述せり・見るべし・
J09_0108A13: 近世惡人改悔念佛して往生をとげたる多し・且く一
J09_0108A14: を擧ぐ・山城國宇治田原と云所に淨閑と云翁あり・
J09_0108A15: 若かかりし時は石田三成に仕ふ・慶長の軍の時・主
J09_0108A16: 人に隨うて・美濃國大垣の城に楯籠る・落城の後身
J09_0108A17: の置所のなきままに・城州玉水近き邊の山に隱れ・
J09_0108B18: 晝は岩の間を宿とし夜は大和路に出でて辻切と云事
J09_0108B19: をし・命を紲ぐよすがとす・ある年の春朧月夜に女
J09_0108B20: ただ獨り一町ばかり隔りたる鄰里へ行くを淨閑松の
J09_0108B21: 木陰より見付け走り出で彼の女を殺害し其の懷に在
J09_0108B22: りしものを取つて見れば苧の枷と云ふものなり・
J09_0108B23: 淨閑つらつら思ひけるは・我か身命の捨て難さにか
J09_0108B24: かる淺ましき業をなし・無益の事に人の命を奪ひつ
J09_0108B25: る事の悔しさよ・此の女のさぞや命の惜しかりけん
J09_0108B26: と・哀れに堪えがたくて忽に心を飜し夜の明くるを
J09_0108B27: 待ちて・古郷宇治田原に來り・彼の里の名主が許へ往
J09_0108B28: き我れ昨夜かかる事に依りて心を改め侍る今まで古
J09_0108B29: 郷へ歸らざるはもし落人などどて搜し出だされ命を
J09_0108B30: 失はるる事もやあらんと思ひし故に・山野に身を隱
J09_0108B31: して月日を送りける也・今は身を思ふ心なくなりぬ・
J09_0108B32: 苦しからず思ひ給はば此の里に住ませて給はりなん
J09_0108B33: やと云・名主聞いて名ある武士にても在さねば尋ね
J09_0108B34: あるほどの事はあらじ・心に任せ給ふべしといふ・

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