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J2530 称念上人行状記 妙阿 画像

続浄の割書は、青字で小さく表示。

巻_頁段行 本文
J17_0655A01: 山に詣て敎化を蒙りわすれがたく思ひけるにや天文
J17_0655A02: 十八年秋の頃先祖の菩提を祈り面面後世の佛種を植
J17_0655A03: なん事こそ肝要なれと信心開發して一宇の梵刹を設
J17_0655A04: んと相催しける折から三牧勘兵衞尉の願によりて上
J17_0655A05: 人彼地にいたり給ふにいさみ悅ひ響の音に應し春雨
J17_0655A06: を得て草木の榮ゆるごとく遂に堂宇を建立し上人に
J17_0655A07: 奉りける皆人敎化に隨て專念の一行怠りなく勤ける
J17_0655A08: 道塲なれは所修の行に隨て專念寺と名付給ひけると
J17_0655A09: なん。
J17_0655A10: 嵯峨稱念寺建立の事
J17_0655A11: 山城國葛野郡北嵯峨大覺寺御門跡は眞言上乘の靈塲
J17_0655A12: にして開山恒寂親王と申奉るは 人皇五十三代淳和
J17_0655A13: 帝第二の皇子なり天姿端正にましまして博く經史を
J17_0655A14: 觀てそらんじ巧に文辭を屬り殊に書を能し玉ひ古今
J17_0655A15: 獨步の御方なりしとや不惑の頃におよび彌陀の像を
J17_0655A16: 新に彫刻ありて常に禪室に入らせ給ひ御修法あり終
J17_0655A17: に西に向ひ合掌し示寂し給ひしより三十四代に當り
J17_0655B18: て義俊准后と申たてまつるは御父は近衞後法成寺尚
J17_0655B19: 通公御母は德大寺實淳公の御息女なり天性隱逸にま
J17_0655B20: しまして道心内に催し至誠外にあらはれ竟に北山の
J17_0655B21: 麓に退去ましまし阿字觀を凝し御修行ありき吾上人
J17_0655B22: 鞍馬口野中の專稱庵におはせしとき屢來臨し給ひ淨
J17_0655B23: 土の安心起行の信心を聞玉ひ本願のやう稱名の大利
J17_0655B24: を御領納ありしにや後にはふかく彌陀の本願を信し
J17_0655B25: 諸佛の證誠を仰き稱名の外他事なくつとめ給ひけり
J17_0655B26: 宿契のいたす所にや御歸依淺からす御殿へ數數召れ
J17_0655B27: 本願強縁稱佛の三縁は自餘の諸行全く比挍にあらさ
J17_0655B28: る事をさとし玉ひみつから稱念寺と呼玉ひにけれは
J17_0655B29: 世に稱念寺殿と稱し奉りける天文十九年御退去の御
J17_0655B30: 殿を以て一寺建立あるへき旨仰出されける御書に
J17_0655B31: 云。
J17_0655B32: 昨日は光臨に候心靜申承難忘存候就中稱念寺佛殿事
J17_0655B33: 以面拜如申石塚越前中津右近將監野路井駿河守被相
J17_0655B34: 談用所被申合候間御建立專一に候自此方返辨可申付

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