大阪市北区兎我野町。法雲山西光院。大阪教区№一六八。享保年間の初頭(一七一六—)、勝蓮社最誉により開創された。安永八年(一七七九)、可円が再興し、奉律の寺とし、金戒光明寺四五世、神誉感霊が別院とした。その後、文化元年(一八〇四)戒誉真阿により中興されている。
【資料】『黒谷誌要』『浄土宗史』(共に浄全二〇)、『大阪府全志』二
【執筆者:藤野立徳】