他に心を移すことなく、一つのことに対し、ひたすら念ずること。浄土宗においては、阿弥陀仏の名号をひたすら称えることを指す。『無量寿経』下に「一向に専ら無量寿仏を念じ」(聖典一・二四九/浄全一・一九)と説かれている。善導は『観経疏』散善義において、「一心に専ら弥陀の名号を念じて行住坐臥に、時節の久近を問わず。念念に捨てざる者、これを正定の業と名づく」(聖典二・二九四/浄全二・五八下)と述べ、称名正行が正定業であるとしている。
【参照項目】➡一心専念
【執筆者:高瀬理衣】