ささきの/ささき野
京都の地名。三田全信は、大徳寺北の大宮社より南、栗栖野の東に位置した箇所であり、賀茂の一部分、紫野の一部分とする。『四十八巻伝』四五に、「上人御入滅の後は、賀茂の辺り、ささき野という所に住み給いけり」(聖典六・六八九/法伝全二八五)として、法然常随の弟子である勢観房源智は、ささき野に居住していたことが知られる。源智の一派は俗に紫野門徒とよばれるが、この地を拠点として活動していたことからそのような呼称がついたと考えられる。
【参考】三田全信『改訂増補浄土宗史の諸研究』(山喜房仏書林、一九八〇)
【参照項目】➡源智、紫野門徒
【執筆者:伊藤茂樹】